直観的なリーディング

直観的なリーディング  
「直観的知性の目覚め」から   黒田コマラ
        人間の苦しみの大部分(あるいは、すべて)は、もしかしたら想像によるものなのかもしれませんね。(^_-)
急に変なことを言い出して、と思われるかもしれませんが、これは必ずしも荒唐無稽な話でもありません。
なにしろ、人間は小さい頃からこの身体が“自分”だと教えられ、その“自分”が他者とは分離していると教えられて成長するわけです。
この条件下で幸せになるのは、なかなか至難の業ではないかと思います。
「幸せ」を願うのは生命一般の必然でしょうが、人間の場合、ただ在ることに満足していられるのは赤ん坊のほんの短い期間だけです。
その後の人生は、一瞬一瞬浮上するいわゆる“自分の気分”に翻弄されながら、しかもただただ他者との心理的比較のなかで“幸せ”を追求しなければならないのです。
まるで一瞬一瞬上下する海の波が、一方では海の表面から落ちないように心配し、もう一方では他の波よりも高く舞い上がりたいと願っているみたいな話です。
可哀想といえば、ちょっと可哀想ですよね。(;_;)
このゲームは、なかなかしんどいと思います。(^_-)
そしてその一瞬一瞬の“気分”は、主に自分の頭のなかに湧いてくる言葉と、他者から聞かされる言葉によって左右されるわけです。
つまり、わたしたちは、自分の頭のなかの言葉と、いわゆる他者から聞かされる言葉で、舞い上がったり、落ち込んだりしているんですよね。
そして人間は誰もが、通常いわゆる“自分”を評価する基準と、いわゆる“他人”を評価する基準が著しく乖離しています。
つまり、そこで必然的に生じる評価のギャップにも苦しむことになります。
平たく言えば、人間は言葉で、いわゆる“自分”や“他人”を苦しめ合っているわけですよね。
そして、その言葉の海のなかでアップアップしているのだとも言えそうです。
まあ、可哀想といえば可哀想です。
だから、ちょっと“自分”を見るような眼差して“他人”を見ると、そこにはとてつもない安らかな空間が広がるわけです。
「直感的リーディング」とは、おそらく“自分”を見るのと同じ眼差しで、いわゆる“他人”を見ることと同じようなことではないでしょうか。
では黒田コマラさんの「直感的知性の目覚め」の紹介文のその辺に関する部分をご紹介しましょう。
         ——————————————————————– コースが進んでいく中で、参加者は直観的知性を使って、もっと深く自分や人を理解することを学ぶ練習をします。 この経験を通して、私たちがふだんは論理的マインドで自分や他人を見がちであることがはっきりします。 たいてい私たちは人を表面的に見ています。 つまり見かけや、表面上の人の行動や、職場や家庭での役割として人を見ます。 私たちはこれによって一般的で表面的な情報を得ます。 しかし、その人が本当はどんな人なのかを知ることは、これだけではできません。
コースの中では、直観的知性を使って自分や人を深く見ていきます。 人の深みにある本質や能力、強さ、その人の動機やフィーリング、可能性につながります。 私たちは人の存在そのものにつながります。 これが、私たちをもっと感受性に満ちた新しいあり方で行動することを可能にします。 そして感謝や尊重、関わっている人との調和の気持ちを生み出します。 相手を深く理解できる感じがするのと同時に、互いに深くつながっているので、相手もまた自分を理解することがたやすくなります。  人への尊重が深まり、人からもっと尊重されるようになります。
エクササイズとして、参加者はお互いに直観的なリーディングを練習します。 そして思ったよりも簡単に相手の質を見たり、感じたりできることに驚いていました。 エクササイズ後にフィードバックをして、その正確さと、それが助けになったことに誰もが喜んでいるようでした。
直感的知性では、論理的マインドからでは知りえないようなことに気づき、わかることができます。 コースの中で参加者が体験したパートナーエクササイズを例にとってみましょう。 あるチャレンジを伴った状況にいるパートナーに起こっていることを直観的知性を使って特定していくというエクササイズです。 どんな困難さがそこにあるのか、そしてその状況の中でまだ隠れているけれども、パートナーの中にある強さと質はなんなのか、そしてその状況へのクリエイティブな解決を見つけるためどのようにその強さや質を使っていけるのかといったことを見ていきます。
最初のうち、参加者が相手の中にあるこういったことをどのようにリーディングできるのだろうかと思いましたが、最後にみんなの経験のシェアを聞いてみると、それがいとも簡単に、しかも自然になされているのを知って驚きました。 そこにあった感想は、多くの人たちがわかってもらえた、理解された感じを持ち、自分の人生の状況をもっと明晰性を持って見れるようになったというもので、私もそれを聞いてとても嬉しく思いました。 こういったことが起こる可能性は、リーディングがジャッジのない愛の空気の中で起こっているからだと思います。

                 『リビング・エナジー』Vol.6(p40-41) ——————————————————————–
なるほど。
いわゆる“他人”から、まるで自分が自分を見ているような眼差しの言葉を聞かされたら、誰もが驚き、また感動するでしょうね。
だって、そこに発露する智慧は、じつは誰のものでもない、たったひとつの空間から滲み出しているのですから。
pari 記

Twitterボタン Twitterブログパーツ