私の好きな本のひとつにアン・モロウ・リンドバーグ著『海からの贈りもの』があります。
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はじめて太平洋横断飛行を成功させたリンドバーグの妻であり、本人もまた当時珍しい女性飛行家でもありました。
彼女が書いたエッセイの名著です。
私のイメージですが、彼女は初夏の海辺でこの文章を書いたのではないかと思っています。
なぜなら一つひとつの章に貝の名前がつけられているから。
そのなかでも「あおい貝」の章が最も好きです。
アオイガイは正確にはタコの仲間なのですが、雌は卵を孵すために船型の貝殻を形成します。
卵が孵化し子どもたちが泳ぎ去ると、母親のアオイガイは貝殻を脱ぎ捨てて新しい生活をはじめるといいます。
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その貝殻とは美しい白色で透けるほどに薄く、ギリシャ建築の柱にあるような繊細な溝が何十本も入っています。
左右対称で、二つを合わせると植物の「葵」の葉の形に似ていることから日本名ではアオイガイの名がつきました。
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この貝はまるで赤ちゃんのための白いゆりかごのようで、しかも卵が孵ったあとにはそれを潔く脱ぎ捨てる母親の生態にも強く心惹かれると、彼女は記述しています。
私もそれに深く共感します。
この貝の学名「Argonauta」は、ギリシャ神話の英雄イアーソンが乗る船の名前「アルゴー船」の語源になっています。
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黄金の毛を持つ羊を探しに行く冒険の物語で、占星術の牡羊座にまつわる神話です。
アオイガイの写真を見たとき(実物にはまだ出会えていません)美しく気高いフォルムと繊細な白が見事に調和していて、思わずため息が出るほどでした。
そのとき浮かんできたのが「白亜」という言葉。
「白亜」とは色名では無いのですが一般的には白い壁の建物を表現し「白亜の殿堂」のように使われます。
調べたら、やはりギリシャのパルテノン神殿がこの言葉の元祖のようです。
亜は当て字で「堊」が正式な文字でした。
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白亜とは結晶構造を持つ炭酸カルシウムの通称。
さまざまな微生物の死骸が化石化し、蓄積してできるものです。
白亜はあらゆる民族の間で用いられてきました。
建築や芸術表現はもちろん、民族的な呪術や儀式にも。
アオイガイに話を戻します。
雌が産卵に合わせて体から分泌物を出して、あの美しい貝殻を形成するのです。
新しい命のはじまりに相応しい真っ白なベッド、またはゆりかごです。
白は自然界において命の起源です。
父親の精液も母親の母乳も白色をしています。
それと同時に白は、老いと死を呼び起こします。
私たちは年老いて髪が白くなり、亡くなった人を白装束で送り出します。
すべての「はじまりと終わり」には、白が最も相応しい。
ひとつの終わりは次の新しいはじまりです。
人生はその繰り返し。
私たちの白亜の道は、いつまでもどこまでも続いています。
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鮎沢玲子(あゆさわ れいこ) プロフィール
有限会社「カラーズガーデン」代表。
英国オーラソーマ社公認ティーチャー。
栃木県宇都宮市生まれ 生家は染物屋を営む。
中学校美術教師を経て、インテリアコーディネータとして14年間住宅メーカーに勤務。
2002年よりオーラソーマ・プラクティショナーとして独立開業。
2006年より公認ティーチャーとして活動中。
http://ameblo.jp/aurasoma-c-garden/
また、シンガーソングライターの一面も持っています。
6月に初のオリジナルアルバムのCDをリリースしました。
作詞作曲はもとより、ジャケットのイラストも自身の作品です。
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「烏兎匆匆」
全7曲入り/1500円(税込)
こちらからオンラインで購入できます。
https://reiko-ayusawa.com/
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