カラーローズ――グリーンの心理

「オーラソーマ」のカラーローズをちょっと部外者的な立場から眺めて、自由な立場から連想を試みる随想シリーズです。^^;

あまりにも理屈っぽすぎるんじゃない? と (?_?) な方もいらっしゃだろうと思います。

すみません。^^;;

ただ、「カラーローズ」を通して眺めた「オーラソーマ」の世界は、けっこう、部外者でも楽しめる世界なんですよねぇ。

耳慣れない話とも聞こえるでしょうが、常識だけでお付き合いいただければ、案外、おもしろがっていただけるかもしれません。

これまで、「三原色」の誕生を、宇宙創成の物語りになぞらえて、連想を楽しみました。

すべてが一体である「神の視界」(ブルー)から、「個」としての体験を求めて「イエロー」の光が飛び出した話

そして、その“根源の二極”「ブルー」「イエロー」)だけでは安定できないので、「イエロー」が強引に「ブルー」を巻き込んで、その意図を裏打ちする「レッド」の意志を誕生させた、と。

これで、「三原色」がそろって、全人間心理を展開させるための“地取り”が完了したところまで、お話ししたのでした。

           「永遠に、わたしは生きる」

「レッド」は大口を叩いたわけですが、じつは、これはそれほど頓狂なことでもなくて、半分真実、でも半分嘘といったようなところがあります。^^;

というのは、「レッド」は間違いなく“永遠の変化”を起動したわけですから、“永遠の生命”は保証されたわけで、そこに嘘はないからです。

でも、それは生命世界<全体>の話です。(^_-)

生命世界<全体>は、“永遠に生き続け”ます。

しかし、そのなかでの個体は、永遠の変化に晒されているわけですから、言いようによっては、“永遠に滅び続ける”とも言えるわけです。

だから、この宇宙では、個体・個人が「永遠に、わたしは生きる」ということはありえません

その意味では、この「レッド」のメッセージは、真っ赤な嘘です。

その半分真実、半分虚偽の「レッド」の意志裏打ちして、安定させた世界が「全人間心理」の世界というわけです。

なので、この宇宙に「個人」として生きることを選んだ存在(つまり、人間)が、この「レッド」の意志を真正直に自分の意志としたら……、じつは、かなり悲惨なことにもなります。(;_;)

でも、なんと言おうと、人間心理のダイナミズムは起動してしまいました。

ここからは、神話の世界ではなく、人間の世界がはじまっています

……。

……よく、事故などに遭って意識不明の状態から蘇るとき、蘇生した人が最初に訊くのは「ここはどこですか?」という質問だと言われます。

もしかしたらそれは、わたしたちが毎日の目覚めのなかで、一瞬のうちに通過している意識の層なのかもしれません。

それは、「レッド」のエネルギーと完全に一体化し、この世でのサバイバルに夢中になっていた状態から、ふと失速してエアポケットに入ったように、それまでの自己同化が途切れた一瞬に露出する意識なのかもしれません。

カラーローズで言うなら、「レッド」のエネルギーが極点で反転して顕現するエネルギー、「レッド」の心理を相殺して無化する「グリーン」の心理です。

その「グリーン」が表す人間心理を、



         「いったい、私はどこにいるのか?」

という問いに代表させてみることにしてみましょう。

それは、現象世界の深みで方途を失った者が、いっしゅん、いっさいの他者が存在しなかった世界からの呼びかけ(「ブルー」)を聞いたのかもしれません。

あるいは、個別を意図した幼い「イエロー」が、はじめて自分のまわりを意識した、とも言えるでしょう。

「レッド」は無我夢中で自分を主張し、自分を押し通そうとする意志です。

しかし、そのような盲目的な意志に導かれて、自己主張のどん詰まりまで突き進めば……、いつか状況はとてつもなく困難なものとなります。

なぜなら、すべてが関係し合う現象世界で、ひたすら自分の生存の都合だけを優先して、その他すべてを「私には関係ない」と無視しつづけることはできないからです。

大人なら誰もが知っているように、自分が生きる意味そのものさえ、周囲との関係のなかで成り立っているわけですから。

もし人がいっさいの妥協を排し、まっしぐらに「レッド」の意志を突き進められれば、たぶん、驚くほど早くエネルギーは反転のときを迎えるはずです。

いずれにしろ、個我として生き、自らを貫こうとする「レッド」のエネルギーは、早晩、反転せずにはいられないでしょう。

自分はいったい、何のために、何をやっているのか……? (-_-;)

いったい私はどこからきて、どこへ向かおうとしているのか、と。

肉体に制限され、「個」として生きている意識は、「レッド」の自己主張のなかで息苦しいほどの展望のなさに苦しみ、思わず<全体>を振り返って、その<全体>のなかでの自分の位置を確認しようとします。

         「いったい、私はどこにいるのか?」

無我夢中で生きてきた「レッド」の意志が求めたのは、「ブルー」「イエロー」という、意識界を生みだした“根源の二極”間のバランスでした。

そこで求められたのは、一面には、“神の視界”である「ブルー」の反映、

             「見晴らしへの願望」

です。

また一面には、一途に「個」としての体験を求めた幼い「イエロー」の反省

          (周囲の個との)「調和の欲求」

です。

現象世界の中で「個人」として生きるのは、「他者」を容認せずには不可能なことだったからです。

これは現象世界で「個」として生きようとする者の、不可避のジレンマです。

なにしろ、自分がそこで達成しようとする意味自体が、「他者」との比較によって、また「他者」からの容認によって成り立っているからです。

         「いったい、私はどこにいるのか?」

とは、ひとつには、<全体>の展望の中で自分という「個」の位置を確認したいというやむにやまれぬ人間心理です。

そして、もうひとつには、これまでがむしゃらに自己主張を続けてきた自分は、周りの人にとってどのような存在だったのか、という反省です。

自分が投じられた現象世界のなかで、人ははじめて「全体」を意識し、そのなかで自分がどういう立場にいるのかを知ろうとします。

「グリーン」とは全体の中での自分の位置を知り、その自分を受け容れようとする意志です。


それは与えられた条件をすべて無条件で受け容れようとする、地上に身体を持って誕生してきた赤ん坊の勇気にも喩えられるかもしれません。

         「いったい、私はどこにいるのか?」

それは「レッド」のエネルギーの極点で起こるエネルギーの反転です。

基盤の正三角形で「レッド」の両隣にある「ブルー」「イエロー」の中間点、その両エネルギーの重なり部分が象徴する人間心理です。

「グリーン」は二つの原色(「ブルー」「イエロー」)から生成できる二次色であるため、「カラーローズ」では2時の位置の円として造形されます。


                  神の視界
                  独存の平和
                  (ブルー)
                          見晴しへの願望
                          受容と協調
                          (グリーン)


         生命への熱情           個別への意志
         欲望と安定            自尊と不安
         (レッド)            (イエロー)

 

また機会があったら、このあとどんなダイナミクスで二次色が生まれ、それらがどのような人間心理を代表するのか、そんな連想を楽しませていただくかもしれません。

いつもお断りしているとおり、これは「オーラソーマ」で認定された見解ではなく、「カラーローズ」という「オーラソーマ」の素晴らしい発明に触発された、まったく自由な立場からの連想です。

お付き合いいただき、ありがとうございました。<(_ _)>

pari 記

(初出『オーラソーマ通信』第182週号(2007,12/26)から編集)

 

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