カラーローズ――ゴールドの心理

「オーラソーマ」「カラーローズ」をちょっと部外者的な立場から眺めて、自由な連想を試みる随想シリーズです。^^;

オーラソーマのカラーローズを“全人間心理のカラーインデックス”に見立てて、その内部的なダイナミクスを連想して楽しんでいます。

ちょっと理屈っぽいですが、常識だけでお付き合いいただければ、案外、面白がっていただけるかもしれません。

さて、これまで「カラーローズ」を舞台とする心理発生のダイナミズムを眺めるために、この「色の心理」のテンプレートでの色の配置を、時計の文字盤の位置になぞらえてご説明してきました。

時計の文字盤の位置で言うなら、「三原色」ブルーイエローレッド)と「二次色」グリーンヴァイオレットオレンジ)の計6色は、すべて偶数時の位置に配置されています。

12時:すべての創造世界を潜象として包含する“根源色”「ブルー」

 4時:個別を意図して顕現世界(二元性)創造の端緒となった「イエロー」

 8時:“永遠の変化”を起動して現象世界の創造を実現した「レッド」

次いでその「三原色」のなかの2色から派生する“二次色”が、これも偶数時の位置に配置されました。

それは「三原色」のもう一色の反転位置(つまり「補色」)でもありました。

 2時:個別としてはじめて見晴らしと周囲との調和を求めた「グリーン」

10時:個別としての立場に馴染みきれず超越を求めた「ヴァイオレット」

 6時:多様性の謳歌という新たな価値創出による飛躍を求めた「オレンジ」

こうして、「三原色」に次いで3つの「二次色」が誕生して、カラーローズの偶数時の位置を占拠するすべての配役が決まりました。^^;


原因の世界で“色の心理”を展開する往路は完走され、全人間心理の基本骨格が調ったわけです。

そこから再び、今度は個別の顕現を許すとはどういうことなのか、全人間心理の包含とその“ニュアンス”を見定める帰還の旅が始まります。

時計の文字盤の偶数時の位置は、すでにすべて占拠されています。

還路は、その間に点在する奇数時の位置をたどることになるはずです。

その還路はもっとも賑やかなパワーに溢れた「レッド」「オレンジ」の中間、「コーラル」辺りから始まるのではないかと想定したのでしたね。

 7時:“無償の愛”で顕現世界の継続・維持に献身する「コーラル」

ここまで話が進んだのでした。

ここまで人間心理の役者は揃ったのですが、前にも触れたように、現象世界の安定にとって「オレンジ」の貢献はとても大きなものでした。

ということは、逆に言うと、現象世界を安定させるための「オレンジ」の負担は、じつはとても大きなものだったということです。

「イエロー」が意図し「レッド」“永遠の変化”で裏打ちした現象世界は、じつに悲惨な地獄になりかねない……「オレンジ」にはそれがわかりました。

「オレンジ」は、この現象世界を安定させるには“創造の喜び”を唯一最大の希望とするしかないと確信して、

        「みんなで、もっと創造を楽しもう!」

という顕現世界の“大儀”を打ち出したのでした。

「コーラル」

          「大丈夫、私が護っているから」

は、その「オレンジ」の大儀を少しも疑わず、現象世界の多産性を背後から支えるべく、「レッド」の側から差しのべられた応援の手でした。

しかし、「オレンジ」が担った負担は、じつは純真な「コーラル」の想像以上に大きなものでした。

その大きな負担が強いた緊張は、「オレンジ」のメッセージの「みんなで、もっと……」という言葉に表れています。

「オレンジ」は多様性を謳歌する現象世界を支えるために、互いに“依存し合う”心理を秘かに密輸入していたのです。

そうせざるをえないほどに、“追い詰められた”心理の位置だったわけです。

多様性のなかで“個別であることの喜び”を許容する、という「イエロー」が意図した矛盾を統合するには、「オレンジ」はそうでもするよりなかった。

しかし……、そうした「オレンジ」の選択に、いまひとつ得心がいかない人間心理の位置がありました。

なぜなら、もともと「イエロー」が体験したかった“個別であることの喜び”は、そのような“取引き”を前提にしたものではなかったからです。

「オレンジ」「レッド」側の隣から「コーラル」が産声を上げた同じころ、「イエロー」側の隣からもひとつの心理が兆していました。

それは、「イエロー」側に兆した「オレンジ」に対するじゃっかんの異議申し立てであり、同時に「イエロー」本来の願いに沿って「オレンジ」の“大儀”を補強しようとする「ゴールド」の心理でした。

その「ゴールド」の志しを、


         「要らない、私は自分で立っている」

と表現してみることにしましょう。

その志には、“私の存在の根拠は私のなかにある”という存在の根本理法の響きが映し出されています。

“私の中に私の根拠はあるべきだ、いや、必ずあるはずだ…”「ゴールド」にはどうしてもそうとしか思えない。

自分の存在のために他者に依存しなければならない……?、そんな理不尽にはとうてい我慢できない……。

「ゴールド」は、他の何ものにも依存せず、自分のなかに自らの存立の根拠と基盤を求めたかったのです。

他の何ものも要せず、自足し、自立し、安定したい。

必ずそうなっているはずだ、そうでないはずがない……、「ゴールド」はそう考えます。

「ゴールド」とは、内心のどこかで自分が他の何者にも依存することなく、自分自身で永遠に存在していることを知っている叡智の響きです。

「ゴールド」のこの直感自体は間違ったものではありません。

しかし同時に、「ゴールド」は人間心理の一角を占めるものとして、個別が個別として存在しうる現象世界での分離幻想を信じてもいます。

何と言っても「ゴールド」は、個別の体験と表現を求めた「イエロー」の直系の子なのですから。

そのため「ゴールド」には、自分の“非依存”の確信を、知覚に反映される現象世界の分離幻想のなかで実証し、確信したい人間心理の位置でもあるのです。

しかし、何事もつかの間の表れでしかない現象世界のなかで、物理次元での個性としての自分を護り、そこでの永遠の生命を求めるなら……。

「ゴールド」はときとして、故知らぬ非常な不安に陥らずにはいないかもしれません。

「ゴールド」は、自らの根拠を求めて内面を深く探求するエネルギーになるとともに、頑ななまでに物理次元での安定を求めて、不変性の根拠をゴールドそのものに求めて、いたずらに地上の富の蓄積に邁進することにもなるかもしれません。

その結果、蓄財を重ねても内面の安心を得られず、ゆえ知らぬ恐れと不安に苛まれる恐れがないとはいえません。


「ゴールド」がオーラソーマで、“智慧と恐れ”と呼ばれることがあるのはそのためだと思います。

それでも、「ゴールド」は言いたい、

         「要らない、私は自分で立っている」

と……。

                 全体への視界
                  独存の平和
                  (ブルー)

       生存への違和       →        見晴しへの願望
       生超越への希求      ←        調和と協調
      (ヴァイオレット)              (グリーン)

                    ・
      生命への熱情       →          個別への意
      生欲望と安定       ←          自尊と不安
       (レッド)                   (イエロー)
        無償の愛                自立への希求
        報われぬ愛               智慧と恐れ
        (コーラル)
    創造への賛歌    (ゴールド)
                  帰属と献身
                  (オレンジ)

……。

また機会があったら、このあとどんなダイナミクスで三次色が生まれ、それらがどのような人間心理を代表するのか、そんな連想を楽しませていただくかもしれません。

いつもお断りしているとおり、これは「オーラソーマ」で認定された見解ではなく、「オーラソーマ」がゲーテの色彩論から引き継いだ「カラーローズ」いう素晴らしいツールに触発された、まったく自由な立場からの連想です。

お付き合いいただき、ありがとうございました。<(_ _)>

pari 記(初出『オーラソーマ通信』の記事から編集)

 

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