カラーローズ――ヴァイオレットの心理

「オーラソーマ」「カラーローズ」をちょっと部外者的な立場から眺めて、自由な連想を試みる随想シリーズです。^^;

オーラソーマの「カラーローズ」“全人間心理のカラーインデックス”に見立てて、その内部的なダイナミクスを連想して楽しんでいます。

ちょっと理屈っぽいですが、常識だけでお付き合いいただければ、案外、おもしろがっていただけるかもしれません。

さて、「ブルー」から「レッド」までの「三原色」の誕生は、絶対の平安を飛びだして個別の体験を野望した、それこそ無我夢中のプロセスでした。

人間心理の世界を大きく“地取り”したこの「三原色」の誕生プロセスには、反省や疑問の余地も余裕もありませんでした。

けれども、その「三原色」から派生する“二次色”の展開プロセスに見られるのは、「三原色」が根元的に孕む矛盾のなかで揺れ動く疑問と反省、そして何よりも、そこで新たな活路を見いだそうとする変容への期待です。

永遠の生命を熱望する「レッド」の心理がその極点で反転した「グリーン」は、根源の二極「ブルー」「イエロー」のバランスを求めるエネルギーでした。

「レッド」は、

           「永遠に、わたしは生きる」

と言って、生命世界(=永遠の変化)を始動してしまったんでしたね。

でも、じつは、現象世界に個別として永遠に生きることを願うのは、まさに熱に浮かされて不可能事を望む熱望でしかありません。^^;

無我夢中で自己を主張し、自分を押し通そうとする「レッド」の意志は、今度は逆に自分が誕生させた世界を受け容れなければならない立場を生じさせます。

それこそが、その極点で「レッド」のエネルギーが反転して生じた「グリーン」の意識でした。



         「いったい、私はどこにいるのか?」

それは、不動の平安(ブルー)からの遠い呼び声でもあるようでしたが、それ以上に、現れの世界での自分の立地点を確認しようとした新たな展望の模索でもありました。

すでに「世界」は既存の事実として存在しており、自分はそのどこかに位置するようだったからです。

「グリーン」はあくまでも、顕現世界のなかで「個」として生きることを前提としています。

そのなかで健気にも、まず自分がいる環境を受け容れ、自分の立場を受け容れて生きようとする人間心理の位置です。

「グリーン」はまずは環境を受け容れ、自分の立地点を確認してから、ほっと一息ついてあらためてまわりの様子を伺います。

いったい自分以外の人たちはどんなふうにしているのだろうか……?

「グリーン」の心理で消化しきれなかったエネルギーは、思わず、“絶対の平安”(ブルー)“地上の生存”(レッド)のエネルギーがバランスするあたりに目を向けます。

かくて「ブルー」「レッド」の2原色の中間領域に析出するのが、地上に生きながら天国への超越を希求する「ヴァイオレット」のエネルギーです。



その「ヴァイオレット」が象徴する心理を、

         「どうして、私はここにいるのか?」

という言葉で代表させてみることにしましょう。

そこには、じつは、「ここにいたくない」という“生存への違和”の音色も聞こえているでしょう。

それは、「生きるべきか死ぬべきか?それが問題だ」と問うたハムレットの問いにも似ているかもしれません。

         「どうして、私はここにいるのか?」

まさにそれは、

            「見て、私は美しい!」

と言って絶対の安息である非顕現を飛び出した、「イエロー」の意図の対極に位置し、それを無化するような意識の音色です。

とはいえ「ヴァイオレット」もやはり、「グリーン」と同じく、生命世界の基盤である「三原色」から生まれた二次色です。

「三原色」による“宇宙創造”を否定しようとする意識ではありません。

あくまでも「個」として顕現の世界にとどまり、かつ現象世界に天上の光を降ろして、地上の生を変容しようとする意識の位置なのです。

自分には「個」としてのそのための“役割”があるはずだ。

何かの役割があって、自分はこの地上に降りてきたはずだ……。

         「どうして、私はここにいるのか?」

この「ヴァイオレット」の心理には、「ブルー」の反映として、現象世界での自分の生存を“いぶかり”嘆き、恨む、“生存への違和”があることは確かです。

と同時に「ヴァイオレット」「レッド」の意志の反映として、何が何でも顕現の世界のなかで永遠の平安を追求する“変容への熱望”でもあるのです。

というのも「レッド」の子でもある「ヴァイオレット」は、無我夢中で顕現世界を創造した「レッド」の意志を継いでおり、その意図を完成しなければならない使命をも担っているからです。

しかし、その地に足を着けたと“変容への熱望”だけでは、「ヴァイオレット」が孕む“生存への違和”を消化しきることはできません。

それには、「ヴァイオレット」がはらむ本来の非顕現の絶対平和への帰還願望は強すぎました。

その未消化のエネルギーは、形ある現れの世界の中でなおも無形の絶対平和への超越を希求します。

この欲求こそが、現象世界に“レベル”“次元”という新たな幻想を創造した人間心理でした。

かくて「ヴァイオレット」のエネルギーによって、顕現の世界に“レベル”“次元”がもちこまれ、顕現世界は多次元宇宙となるのです。

いまや、現象世界は、豪華絢爛たる構造を備えた多次元宇宙という大伽藍となりました。

「ヴァイオレット」上位次元への超越への希求を表すシンボルともなったのでした。

かくて“変容への願望”“超越への希求”ともなり、本来の無制限の自由(ブルー)と、既に体験してしまった形ある生命世界での耽溺の喜び(レッド)のあいだに、かろうじて均衡点を見出すことができたのでした。

それが、「カラーローズ」のなかで「ヴァイオレット」が象徴する位置です。

         「どうして、私はここにいるのか?」

それは一方で、「イエロー」の意図を無化しながらも、それを“力業”で是認しようとする人間心理とも言えます。

「ヴァイオレット」は二つの原色(「ブルー」「レッド」)からなる二次色であるため、「カラーローズ」では10時の位置の円として造形されます。



               全体への視界
               独存の平和
               (ブルー)
      生存への違和           見晴しへの願望
      超越への希求           調和と協調
     (ヴァイオレット)         (グリーン)

                 ・

      生命への熱情   →       個別への意志
      欲望と安定    ←       自尊と不安
      (レッド)            (イエロー)


……。

また機会があったら、このあとどんなダイナミクスで二次色が生まれ、それらがどのような人間心理を代表するのか、そんな連想を楽しませていただくかもしれません。

いつもお断りしているとおり、これは「オーラソーマ」で認定された見解ではなく、「カラーローズ」という「オーラソーマ」の素晴らしい発明に触発された、まったく自由な立場からの連想です。

お付き合いいただき、ありがとうございました。<(_ _)>

pari 記
(初出『オーラソーマ通信』第187週号(2008,1/30)から編集)

 

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