色彩の言語――コーラル

今回はコーラルを見てみましょう。
オーラソーマでのコーラルの一般的な意味合いについては、 http://aura-soma.co.jp/intro/color_language/coral.html をご覧ください。 http://aura-soma.co.jp/aura/colour_rose.htm
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オーラソーマを学んだ人は、コーラルといえば「報われない愛」というフレーズを真っ先に学んだりします。 そうするとその色を選びたくなくなってしまいますよね。
だって、自分が人を愛しても、その愛する人は自分を愛してくれない。 自分の愛が報われない、ってことですからね。 そんなのいやだって、誰だって思うと思います。
オレンジといえばショック、というふうに学んでしまうようなもので、どうしてそうなのかということをしっかり考えておかないと、色について先入観を持ってしまって、「実はそのボトルに惹かれるんだけど、選ぶのよそう」ということになってしまいます。
オリーブグリーンも苦々しい色なんて習ってしまうと、実は好きな色なのに、なんとなくその色を身につけたくなくなってしいますよね。
色にはなんの責任もないのに、いろんな先入観で色に対して色眼鏡で見てしまうことになってしまいます。
色には良いも悪いもありません。 それに勝手に意味をつけたりして、良いとか悪いとか言っているのは人間の勝手なマインドです。
オーラソーマでは、その色は人間の意識を鏡のようにあるがままに映し出してくれる、魂の鏡なのです。
では、コーラルはどのような意識を映し出してくれている鏡なのでしょうか?
通常オーラソーマで教えられるのは、コーラルというのは海に生息する珊瑚のことであり、珊瑚が海の汚染に対して真っ先に影響を受けるような、非常に繊細な生物であるように、コーラルというのは繊細な感受性を表すのです、ということです。
コーラルはレッドとオレンジの中間にある第3の色ですが、イクイリブリアムのコーラルはペールコーラルとも言うべきものなので、ピンクとペールオレンジの中間にある色といえます。
ですからピンクの意味とペールオレンジの意味を考えると、コーラルのいわゆる「報われない愛」というのがどういう意味なのかが導き出されるはずですね。
では、このコーラルの「報われない愛」というのは、どういう意味なのでしょうか?
ピンクというのは「無条件の愛」。 チャレンジとして、愛に関する困難。 愛を受け入れることが困難であったり、自分自身を愛することが困難であったりという意味になります。
オレンジは「感じること」「満足」を表しますが、チャレンジになると「ショック」となります。 つまりショックとは感じることをやめてしまった状態を意味します。
感じることがあまりにも強烈で耐えられなくなると、感じなくしてしまう。 それがショックの状態です。 あまりにもショックが強かったり、痛みが強くて絶えられなくなってしまうと気絶してしまうことになります。
またオレンジには共依存という言葉がありますが、依存というのは自分で感じることをしないで、他のものに感じることで代用するということでもあります。 それは投影とも言えます。
つまり、自分の感じていることを無意識に相手の人のせいだと思ってしまうのです。
例えば恋に落ちた状態は、そういう依存の状態になります。
愛を外から得ようとして、愛を相手に求めるために、その人がいるから愛が感じられる。 その人がいるから自分の中が満たされる。 その人なしでは生きていけない。 なぜならその人がいなければ愛が感じられず、自分が満たされず、空虚に感じてしまうからです。
つまり自分の愛を他の人に投影してしまっている状態なのです。
愛に限らず、たとえば怒りについても同じことが言えます。
あの人は怒りっぽいから嫌いだって思う場合、実は自分の中に怒りがあるのにその自分のなかにある怒りの感情を見る代わりに、他の人のなかに怒りを見出して、あの人は怒りっぽい、というふうに他の人を非難している場合が往々にしてあります。 それを投影といいます。
あの人は怠け者だから嫌いだとか、あの人は支配欲が強いからいやだとか、いろいろ嫌な人がいる人は、実はその他人のなかに嫌だと思っている側面が自分のなかにある場合が往々にしてあります。
人のことを嫌いだと思ったり非難したくなったときに、ちょっと自分の内側を見てみると、同じ要素が自分のなかにもあることに気づいて驚くと思います。 まさに、他人も自分の鏡です。
私なども、ずいぶん昔、あるワークショップでそのことを見るエクセサイズをしたときにショックを受けました。
人に対して嫌だ、嫌いだと思っていた95%は、実は自分にも当てはまっていたんですね。
もっと厳密に見ればほんとは100%なのでしょうが、さすがにそこまでは見たくなかったんでしょうね、そのときは。
それほど自分自身のなかにそういうものを見るのは難しいということでもあります。 それらの嫌な側面が自分のなかにあるなんて誰も思いたくないですものね。
オレンジにはそういう意味があり、ペールオレンジはそういうオレンジの意味が強まります。
となるとコーラルでのチャレンジというのは、自分自身を愛することが困難であり、かつその愛を相手に投影する、ということの意味になります。 愛を自分のなかに見出せないので、他の人に投影して、他の人からの愛を求めるわけです。
それはどうなるかというと、自分を愛することができない人というのは、実は愛してもらっていても、その人からの愛を受け入れること難しいのです。 こんな自分が愛されるわけがない、自分は愛される価値がないと思うからです。
そうすると他の人もその人を愛することが困難になります。 なぜなら、その人を愛しても、その人はその愛を受け取るのが困難だからです。
類が類を呼ぶ、という法則がありますが、自分が出しているエネルギーと同じものがひきつけあいます。
この原理で言うと、自分に愛がない人同士が相手に愛を求めて恋をすることになります。
そうすると、自分にないものをお互い求めているわけですから、その愛は決して報われないことになりますね。 結局は失恋に行き着かざるを得ません。
それがこのコーラルでいうところの「報われない愛」ということの意味です。
こういう話があります。
ある男の人が道に迷って3日間誰にも会うこともなく、森の中をさ迷っていました。 もう食料も尽きて、ふらふらになってしましました。
するとふとみると人がひとり歩いてくるのが見えました。
「あー、やっと自分は助かった」と思って、その人のところに喜び勇んでかけよると、その相手の人も彼のところに喜んでかけより、お互いひっしと抱き合いました。
ところがそこでわかったのは、実はその相手の人も森のなかで道に迷っていたのでした。相手も人に出会って助かったと思って駆け寄ったのでした。
自分を愛することができない人は、この森に迷っている人のような状態と言えるかもしれませんね。
そこでコーラルのキーワードは「愛と知恵」。
自分の内側に「愛」を見出す「知恵」ということです。
つまり自分にない愛を人に得ようとしてもそれは決して得られないのだということの理解に至ったとき、その愛はまず自分の内側に見出さなければならないということの知恵を見出すわけです。
自分のなかに愛を人に求めるのではなく、まず自分の中に愛を見出し、育てます。
愛は自分の中にあるのです。いつもそこにあります。
その愛を自分のなかに見いだして、その愛を人に分かち合うということをします。
その第一歩が自分自身を愛するということです。
尚 記
     
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