現在というこの時点は、地球世界がニューエイジ(新しい時代)に転換する特別な時点(ナノセカンドの時代)なのだと言われています。
ヴィッキーさんのお父さんはカバラのマスターでした。
ユダヤ教の神秘主義のマスターということでしょう。
ユダヤ教といえば『旧約聖書』を聖典とする一神教の世界ですよね。
われわれ日本人とはとても縁の遠い世界とも思えますが、これがなかなか必ずしもそうとも言えないようなところもあります。
日本の神道で最重要の神宝とされているのが【三種の神器】であることはご存知ですよね。
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三種の神器(みくさのかむだから、さんしゅのしんき(じんぎ))は、日本神話において、天孫降臨の時に、瓊瓊杵尊が天照大神から授けられたという鏡・玉・剣のこと。
また、神話に登場した神器と同一とされる、あるいはそれになぞらえられる、日本の歴代天皇が継承してきた三種の宝物のこと。
三種の宝物とは、八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣を指す。
皇族はもとより天皇でさえもその実見はなされておらず、多くの面が謎に包まれている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/三種の神器
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天皇でさえもご覧になったことはないという神宝です。
当時伊勢神宮に祀られていたこの神鏡の【八咫鏡】を、明治時代の最初の文部大臣森有礼が実見したという話があります。
その神鏡の裏面には「我は在りて在るものなり」という意味のヘブライ語が刻印されていたというのです。
人間はこういう話をすぐに押し隠してしまおうとするものですが、それが現れてくる時代もまたあるのでしょうね。
そしてまた、ヴィッキーさんのこの本に【ノアに与えられた約束の意味】が語られているのは、とても印象的でした。
というのは、日本の古神道の伝統から出てきたある方から、同じように【ノアに与えられた約束の意味】のお話を聞かされたことがあったからです。
こういう話は、地球全体が関わっていることなので、従来の小さな宗教伝統の枠組みを超える共通の意味合いを持っているのかもしれませんね。
では「序章」の後半部分をご紹介しましょう。
戦争が終わり、ホースレー氏が亡くなった後、私は自分の手をヒーリングの道具として使えるよう、キロポディスト(足治療医、まめ・たこ・などの治療に当たる医者)になることに決めました。
初めは薬局で開業していましたが、後に運命が私をバッキンガムシャーのグレート・ミッセンデンへと連れ去り、そこで私は、三度の臨死体験を経て、その体験から、人に奉仕するためにこの世に戻されたのだと実感しました。
その後、さらなる災難が私を襲いました。
突然の失明です。
おかげで私は、繁盛していたクリニックをたたみ、引退を余儀なくされたのですが、たくさんの人を癒し、たくさんの人たちの人生を変えたオーラソーマ「バランス」ボトルが生まれたのは、実はその後のことなのです。
そしてそれは、まさに人の魂を映し出す鏡であることが明らかになってきました。
このユニークなカラーセラピーは、多くの生きたエネルギーを受け取りながら進化し、肉体、心、魂のすべてのレベルをヒーリングするもので、他の多くのセラピーの助けにもなります。
今や私は、海外で講義をする機会がどんどん増えています。
またセラピストや一般の人たちのためだけではなく、海外で活躍する講師を養成するためにも、センターの必要性が明らかになってきました。
リンカーンシャーのデヴ・オーラは、奇跡とも言える方法で私たちのセンターになり、今や新しい時代のセラピーの先駆けとなるべく、世界中から生徒が集まってきています。
ここで特に記しておきたいのは、遙か昔、人類がその愚かな振る舞いによって滅亡の危機に瀕したとき、ノアに最初のニューエイジ(新しい時代)の約束が与えられた、ということです。
今日、いつ、誰が核のボタンを押すのかという恐怖で、たくさんのハートが震えている一方、キリストの再来と、ニュー・エイジについての約束が繰り返し説かれ、たくさんの人がその訪れを待っています。
けれども私は心から言いたいのですが、それはもうすでにここにあるのです。
ノアに与えられた約束の意味は、神は二度と世界を滅ぼそうとはしない、ということなのです。 その契約は初めて虹の七色を通して表されました。
私は雲の中に、にじを置く。これが私と地とのあいだの契約の印となる。
創世記九章一三節
オーラソーマの新しい面は、日に日に明らかになっています。 それは、成長し続けているセラピーなのです。 この序章は、そのほんの始まりにすぎません。
『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』(p7-9)
「神は二度と世界を滅ぼそうとはしない」……。
古神道の伝統から出てきた方から聞かされた話も、同じような内容でした。
七度目の今回にはもう次回というものはなく、したがってここで地球世界がまことの世界に産み出されることはすでに決まっていることだ、と。
ただ、子供たちがどれくらいついてこられるかだけを心配なさっているのだ、と。
まあ、そのような特別の時点というのもあるのでしょうね。
pari 記