「見えないのよ」

「見えないのよ」
『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』:「8 ダマスカスへの道」から                         ヴィッキー・ウォール
        人生にはつねに次の場面がありますよね。
もし有機体として生まれた赤ん坊が、周囲から教えられて自分はどこの誰々だと確信したら、すでに物語は始まっています。
その有機体としての寿命が来るまでは、誰かとしてその物語のなかの世界(人生)を歩まなければなりません。
そしてその物語は、当人の願いや意図を含みながらも、その個人的な意図を超えて展開していくんですよね。
誰もこれまで見えていた世界が見えなくなることを願う人はいません。
それでも、その物語が終わりまで展開するには、もしその運命が組み込まれているのであれば、そのように展開しなければならないのです。
もし神がいるのだとすれば、ヴィッキーさんがいつもおっしゃっているように、神の意志だけが成就しているのです。
ヴィッキーさん個人が望んだわけではけっしてないけれど、それが神の計画であるなら、それが起こるわけです。
どうやらヴィッキーさんは、いよいよ最終フェーズに押し出されようとしているようです。
ヴィッキーさんがどこかで望んだ仕事のために、その出来事が必要だったのでしょう。
        ——————————————————————– それは、一九七九年のことでした。 マヨルカ島の小さな港町アンドレイクが、そのときほど美しく見えたことはありません。 太陽はまだそれほど高くはなく、揺れる水面にありとあらゆる色彩を投げかけていました。
私は、そこここに散らばる網を念入りに避けながら、埠頭を歩いていきました。 漁師たちは足を組み、網を繕いながら、マホガニー色の顔で人なつこく笑いかけてきます。 多分お昼の用意でしょう、忙しくじゃがいもの皮をむいている人もいます。 彼らと私は、もうなじみの仲でした。 マーガレットと私は一か月の休暇でここに滞在しており、日課の五キロの散歩の道すがら、毎日顔を合わせるうちに、初めは当然のことながら珍しそうに私を見ていた彼らも、だんだんと友人のような気安さで接してくるようになっていたのです。
かなりの距離を歩いたあとで、マーガレットが黙って私の隣にやってきました。 それは私たちの日課であり、マーガレットは始めに買物をすませてから、私の散歩の最後の部分に合流することになっていたのです。 マーガレットはすぐに私のひじに触れ、注意を促しました。 突風に巻き上げられ、目の前でざざんと銀色の波しぶきが上がり、小魚が他の魚に追われているのが見えました。 そんな豪快な一瞬は、何かしら、あいさつのため、さよならを言うために振られた手のようでもありました。 私たちは子供のように笑い、手摺りの前でしばらくたたずみ、それからまたゆっくりと、水際を選んで歩いていきました。 ボートの上では、水夫があれこれと忙しく動き回っています。 一瞬一瞬が貴重でした。 私たちがここにいられるのも、あと二日でしたから。
と、突然、私は凍りついたようにその場に立ちすくみ、反射的に目をこすりました。 まるで、運転中にフロントガラスに泥を跳ね上げたかのよう。 マーガレットが何事かと、私を見つめています。
「見えないの」
私は叫び出さないように、声を抑えるのに必死でした。
「見えないのよ」
「目に何か入ったのね」と、マーガレット。
私は無言でした。 すぐに消えるわ、と思ってみましたが、蜘蛛の巣のように不気味な黒いものは、私の目の中にはりついたままです。 私はマーガレットの腕にしがみつきました。 普段自由に腕を振って歩くのが好きな私にとって、これは実に異常なことでした。 つかまった腕から、マーガレットの動揺がひしひしと伝わってきます。
「見えない」私は、繰り返しました。「見えないのよ」
私たちは重い沈黙の中、一言も交わさずにアパートまで戻りました。 帰りは、網の散らばる埠頭は危険すぎるので、遠回りをして。 これが、私がアンドレイクを見た最後だったのです
帰りのフライトは二日後でしたが、それをキャンセルしてまでも、あわてて帰ることはない、という結論に達しました。 この不幸が黙って去ってくれたらと、どれほど願ったことでしょう。 けれどもそれは、はかない希望に過ぎませんでした。 しばらくして、ほんの短い間、状態がよくなって、視界の周辺ではまだ少し物が見えるようになりましたが、この最後の一撃は、私のクリニックからの引退と、キロポディストとしてのキャリアの終わりを意味していました。
神はさらなる準備のために、私の後ろで扉をぴしゃりと閉じたのです
      『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』(p67-69)
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【そんな豪快な一瞬は、何かしら、あいさつのため、さよならを言うために振られた手のようでもありました】
きっと、このときの瞬間のこと、人生で最後に見たこの光景はヴィッキーさんに後々そのように回想されていたのでしょうね。
ヴィッキーさんはこの出来事を【神はさらなる準備のために、私の後ろで扉をぴしゃりと閉じた】徴として感じたようです。
pari 記
       
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