「知らない」と素直に認められたなら

「知らない」と素直に認められたなら
「ハートからのカウンセリング・トレーニング」より                  ラハシャ博士インタビュー
       人間には自由意志があり、個人の努力で自分の能力を獲得したり高めたりすることができる、という前提の社会に私たちは住んでいます。
もちろん、誰もが社会的に平等、というわけにはいかないことはわかっています。
社会には不平等はあるし、恵まれた人もいれば、そうでない人もいる。
そういうことは分かっているけれども、それでも個々人の努力で運命を切り開くことができるし、現にそうして自分の運命を切り開いてきた偉人はいくらでもいるではないか、というわけです。
こういう人間社会の前提が心地よい人もいれば、あまり居心地良くは感じられない人もいます。
というより、大多数の人々はそんな当たり前のことをいちいち意識したりしないだけでしょうね。
とはいえ、万人がまったく同等で同じ程度に恵まれているというような、ロボット工場のような社会が望まれているわけでもなさそうです。
やはりそこでは、容姿、才能、家柄、富、学歴、賢さ、あらゆる面でけっして同等ではない人たちが入り乱れて織りなす、人生という物語が営まれるための社会という“器”が求められているのです。
そこで人生というドラマが演じられるためには、どうしても個人の自由意志とか、責任といった前提がなければなりません。
生まれてくるということは、そういう世界に入ってくるということですものね。
そして、生きている間、ほとんどの人はその世界のなかで“生きのびる”ことを望んでいるのです。
不思議といえば不思議のような気もするけれど、でも、実際そうなんですよね。(^^;)
そして、そういう世界で生きていくためには、自己イメージを維持することがとても重要です。
なぜなら、自分は何も知らないということがあまりにも明らかになってしまうと、途方に暮れて、生きることができなくなってしまうからです。
だから、あたかも、色々なことが当然であるかのように、自分はたいていのことは知っているという前提で、私たちは生きているのでしょう。
でも、人生はときどきそういう“建前”を突き崩すような事柄を起こして、人間を脅かしたりもするようです。
今回は「ハートからのカウンセリング」の創始者、ラハシャ博士のインタビューから、そのあたりに関連した話題を伺ってみることにしましょう。
       —————————————————————— 今井 3月11日の震災を経験し、現在、日本ではたいへんなことが起こっています。 そのひとつに原発事故の問題があります。これはこれまで誰も体験したこともない未曾有の事故であり、誰もそれを解決する明確な解決策を持っていません。 そのことに対して「専門家なのだから知っているべきではないか」「政府が、なぜ有効な手を打てないのか」と批判し合う現象も起こっています。 もちろん、たくさんの問題はあるわけですが、こういった状況もとても心が痛むことだなと思います。
ラハシャ 自分が無知であることを認められず、知らないことを隠して振る舞わなくてはならないというのは、とても危険なことだと思います。 もしも、「知らない」「分からない」ということを素直に認めることができたならば、もっとはやく悲劇を食い止めることができたでしょう
事故によって起にりうるすべての事態を把握するということは不可能であり、自分の限界を認めて、人間がコントロールできないこともあるということを認めるべきなのです。
オーストラリアのカカドゥ国立公園の近くにあるアボリジニの聖地にウラン鉱山が造られました。 ここには放射性物質を埋蔵するために大きな穴が掘られましたが、現在、記録的な大雨によって穴にたまった雨水が溢れ出る危険が生じています。 そうなると、放射性物質を含む水が氾濫し、周囲の環境に甚大な被害を与えることになるでしょう。 これについてどうすればいいのか、彼ら(企業側や政府)には分からないのです。
アボリジエの伝統的知識は、直感的知性や地球との深い結びつきから生まれたものであり、西欧的な観点でいう知識からもたらされたものではないとして否定されてきました。 知識人の呼ぶ「知識」は、「知っている」ということを法外に高く評価し、「知らない」ということを認めません。 そして、これが恐ろしい災害(人為的な災害と言えるでしょう)を招くことになります。
これまで意識の面で成長したいと感じることがなかった人は、こういった事態の中でプレッシャーを感じているでしょう。 けれど大きな視野でみると、これはすばらしい警鐘であり、パラダイムシフトが起こるチャンスとも言えます。 「こうあるべき」という思い込みは悲劇を生みます。 エゴや利己主義の感覚ではなく、愛情によるアプローチが必要です。 自然の破壊ではなく、自然との共生が必要ですし、人間性が開花することが求められていると思います。
         『リビング・エナジー』Vol.7(p86-87)

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なるほど。
そうですよねぇ、自分が「知らない」ことを認められたら、そして「知らない」状態にくつろげたら、どんなに楽になるでしょうね。
現象世界は大きな“大河ドラマ”のようなものとして流れているのかもしれませんね。
そのドラマの中を生きている登場人物たちにはその先の展開はわからないわけですが、でもその先の場面もドラマとしてはすでに完成しているのかもしれません。
pari 記

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