今回のボトルは、「エッセネボトルⅡ/蓮の花の中の宝石」です。
http://artbeing.com/aura-soma/equi/B071.html
「蓮の花の中の宝石」というボトルの名前から、「オム・マニ・ペメ・フム」(Om・Mani・Padme・Hum)というチベット仏教のマントラ(真言)が思い浮かびます。
観世音菩薩の慈悲を表現した真言で、特にチベット仏教ではダライ・ラマ法王が観世音菩薩の化身と信じられているので、チベットの人々によく唱えられて信仰されています。
日本でいうところの「南無観世音菩薩」という意味として唱えられているのでしょう。
「オム・マニ・ペメ・フム」というのは和訳すると「オーン、蓮華(のなか)におわします宝珠よ、フーン」、あるいは「宝の蓮華を持つ者よ」という意味になるようです。
ダライ・ラマ法王によると、これら6つの真言は(細かく分けるとオム・マ・ニ・ペ・メ・フムという6つの真言になる)私たちの不浄な身体・言葉・思考を、完全に統一された秩序と知恵の教えの道に導くことにより、仏陀になれるということを意味しているとのことです。
「オム・マニ・ペメ・フム」(Om・Mani・Padme・Hum)は、最初にあるOm(オーム)という言葉は聖音と言われていて、宇宙の原初音、根源の音とも言われています。
どの真言でも最初に発音される音で、漢字読みでは「オン」と発音されます。
このOm(オーム)は、この言葉自体が聖音なので、これだけを繰り返し唱える瞑想法もあります。
そのときの発音はオームというより、オーンという音が近く、「お~」と息を吐きながら唱えて、息が吐き終わるころに自然と口を閉じると「ん」に近い音になります。
マニ(Mani)というのは、サンスクリット語で「宝珠」、すなわち宝石という意味で、ペメ(パドメー)(Padme)というのは蓮華を意味します。
知恵を表し、泥のなかに生えていても泥に染まらない蓮は、知恵の本質を表しています。
フム(Hum)というのは、分離できないものを意味し、秩序と知恵が調和することにより至る純粋なる境地を表すということになります。
http://www.tibethouse.jp/about/culture/ommanipadmehum/
このボトルの生命の木に対応するタロットカードは「ペンタクルの8(Eight of Pentacles)」です。
http://artbeing.com/aura-soma/reading/tarot-B071.html
このカードには、8つの蓮の花が描かれています。
ペンタクルは地のシンボルで、人生の肉体的、物質的側面を表します。
ピンクは受容性、愛、慈愛、やさしさを表します。
クリヤーは純正な意識の光、純粋さ、すべての色を含んでいます。
蓮の花は、クリヤーのすべての可能性を含んだなかで、純粋な仏性を内に秘め、意識の光を持って、仏性の開花に向けて成長しています。
そして、蓮の花が開花したとき、内なる仏性が輝きだし、ピンクの慈愛の光を放射します。
カバラの生命の木のセフィラは「ホド」です。
カバリストの修行では、栄光を表す段階を意味しています。
地の段階での「ホド」は、修行や自己鍛錬を意味しています。
ですので、「ペンタクルの8」は、努力と修練をしている姿を表します。
8つの蓮のうち7つは蕾なのは、その修練の状態を表しているのでしょう。
そして、そこから開花したものが内なる仏性の宝石が輝きだすのです。
それぞれの蓮の花に描かれている星印はペンタクルのシンボルです。
『タロットシンボルハンドブック』日本語解説版には、以下のように解説されています。
「7つは蕾で、ひとつは開花しつつ、内にある宝石を開示している。
魂が地中の泥のなかから成長し、感情の水を通り抜けて、太陽の
日に向かって、コミュニケーションの空気を通り抜けると、時間と
態度表明が愛と成就をもたらす。
何人かの熱心な求道者は、成長して、内なる仏性の宝石を開示する。
オム・マニ・パドメ・フーム」
「蓮の中のハートの中の宝石」
『タロットシンボルハンドブック』日本語解説版 より
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