穴と欲について思うこと。

すこし前のブログ「スマホはマインドのはたらきと似ていた?と思ったこと。」に書きましたが、スマホ中毒とは別に、もうひとつ中毒があります。

気づいたのは、去年の2月のことです。

そのとき風邪を引いたのですが、めずらしくお腹の風邪でした。

お腹の風邪なので当然なにも食べたくないはずなのに、考えていたのは「冷蔵庫になにかあったかな?」「なに食べよう」「あれ食べよう」でした。

これ、どう考えてもおかしいですよね。病気で弱っているのに..。

このときはじめて、食欲は「マインド」のものだとわかりました。

だいたい、朝ごはんを食べながら昼ごはんのことを、昼ごはんを食べながら夜ごはんのことを考えている自分って、ちょっとおかしいのでは?と常々思っていたのです。

その後、Oauマガジン4号で「おいしく食べて、ココロとカラダと宇宙をつなぐ」で食べものについての特集をしました。

そのなかの1つめの特集に「瞑想によるダイエット」~食べたい渇望を瞑想で満たす方法~ という、タリカ・ラブガーデンの執筆があります。

タリカは、プラサードとリーラの娘さんです。

繰り返しますが、食べたい渇望…ですよ。

簡単に内容について触れると、渇望に共通する引き金というのがあるようです。

・食物の感受性
同じ食べものを食べるクセについて。

・特定の食べ物を過食する
思い浮かべるだけで食べたくなる渇望が起こる。(例:ポップコーンなど)

・自分の過去からの食べ物
食べ物と特定の経験が結びつくと、渇望を引き起こす可能性があります。(例:家族と外出して食べたアイスクリーム。→アイスクリーム=愛 と結び付ける)

・文化伝統
夕食にワインをたしなむ文化で育つと、夕食にワインがないと不完全に思える。

・感情的連想を伴う食べ物
ストレスを感じるたびにポテトチップスを食べていたら、神経経路がストレスを感じるたびにポテトチップスが欲しくなる。

・他人と食べ物を共有する
恋人など、相手の好きな食べ物が自分にとっての引き金となる。

・栄養不均衡
バランスを維持するために特定の栄養素を切望する。

・自分が食べる食べ物
砂糖や精製食品は、食べるのをやめるまで食べ続ける。

・視覚、匂い、あるいは食べ物の思考
食べ物のことを思うだけで唾液が出る。

・脱水症状

・満たされていないことによる必要性
親密さなど、満たされていないと感じると渇望が強くなる。

・引き金となる食品
砂糖、アルコール、小麦、乳製品、ナッツ、塩気の強いスナック、揚げ物、スパイシーな食品、チーズ、ベーカリーなどの中毒性のある精製加工食品。

どうですか?心当たりありますか?

ここで注目したいのは、「ほとんどの渇望の引き金は、それが自分の過去、過食、食物過敏症のどれからきたものであろうと、これらの共通のカテゴリーに該当します」とあることです。

食べ物を渇望するとき、そこには食べたいかどうかだけでなく、心理的な作用があるということですね。

先月、ラハシャのコース「アート オブ リヴィング アート オブ ビーイング」、そして「存在からの直観カウンセリング」では、このこと(心理的なもの)を「穴」という表現であらわしていました。

穴とは欠乏感のことです。

その足りないなにかを埋めようとして、ときに食べ物に走ること(それも無意識に!)があるのだと結びつきました。

そのことに気づくのが、まずの第一歩でした。

偶然にもOSHOのネオタロットカードでは、「DESIRE」のカードを引きました。(中森明菜さんのあの名曲と同じですね。)

このカードは、ある乞食に皇帝が「なんでも欲しいものをあげて、乞食のお皿を満たしてあげる」といいます。

しかし、宝石やお金などをあげてもあげてもそのお皿から消えていきます。

その様子を見た民衆は皇帝の力をうたがいます。

名誉のためにがんばりますが、ついに降参します。

最後にそのお皿はなにか?と問うと、それは人間の「欲」だと答えます。

つまり、欲は果てしなく、そして欲がなくなればわたしたちは満たされる…という話です。

これがあったらいいとか悪いとか、そういう欲は誰しもあると思いますが、どちらがいいかは「わからない」のが実(じつ)のところで、そういう二極性を越えたところにいると、ひとは空(くう)でいられるのかな?と思ったりしました。

この「DESIRE」のカードを3回連続で引いたので、まだまだ探求することになりそうです。

ではね。

えつこ