自分の本当の姿を受け入れる

自分の本当の姿を受け入れる
「ハートからのカウンセリング・トレーニング」より       ラハシャ・フリッチョフ・クラフト博士インタビュー
       スピリチュアルな「成長」とか「進化」を問題にするとき、人があまり考えないのは、それは「何」が成長し、進化するのか、ということです。
成長や進化がありうるためには、成長したり進化したりできる「実体」がなければなりません。
そのとき、私たちが当然の前提としている“自分”の根拠は、おそらくこの身体なのでしょうね。
そこには感覚的に確かめられる“自分”の独立した「形」があると思われるからです。
そして何よりも、そこには“自分”という感覚があるからです。
この感覚を根拠にして、私たちは“自分”の存在を前提し、その“自分”に当然のようにこの身体のイメージを当てはめるのでしょう。
その身体は、赤ん坊から幼児になり、少年や少女となり、また青年になり、人間として成熟し、やがては老人になり、崩壊していきます。
この一連の変化のなかには、いろいろな精神的内容、つまり感情や思考のタイプが連動するために、私たちはこの過程を“成長”とか“進化”といった概念でとらえようとするようです。
そのとき、この“成長”や“進化”の主体として、私たちは当然のこととして、身体のイメージを投影しているのです。
もしこれが、たとえば、海辺に打ち寄せる「波」の形だったらどうでしょうか?
「波」の、“成長”や“進化”を考える気になるでしょうか?
たしかに、海水表面のパターンの変化に、流体力学が対象とするようなある種の法則性を発見することはできるかもしれません。
でも、おそらく、そこに“成長”や“進化”を想像しようとする人はいないでしょう。
なぜなら、海水表面の一瞬の“ひと塊”にすぎない「波」に、独立した実体は想像しにくいですし、ましてやその実体の運命を考えるのは無意味なように思われるからです。
でも、また一方で、私たちの身体のイメージを根拠に発明された“成長”とか“進化”といった概念を、私たちは“人類の進化”といったふうに拡大解釈したがります。
そこに“成長”や“進化”する主体があるかのように。
でも、考えてみると、それは人間の場合も同じことなのかもしれません。
人間の身体は、新陳代謝する無数の細胞からなる構造体です。
誕生時の赤ん坊の細胞と、老人になり死期が迫った老人とで共通する細胞があるのでしょうか?
ほとんどすべての細胞が入れ替わっているでしょう。
そう、ただ脳細胞だけは再生されないのだそうですね。
ということは、“成長”や“進化”の主体として「自分」を考えるとき、私たちは「記憶」を問題にしているのかもしれませんね。
「自分」とは、何なんでしょうね? (^^;)
今回は「ハートからのカウンセリング」のラハシャ博士に「自分の本当の姿を受け入れる」ことについて語っていただきます。
では、ラハシャ博士のインタビュー「ハートからのカウンセリング・トレーニング」から、そのあたりに関連する部分をご紹介しましょう。
       —————————————————————— 今井(インタビュアー) コースを受講した感想として「Enriched(豊かになった)」という表現がぴったり合うなと思いました。 まさに気持ちに豊かさを感じられるようになったという実感があります。 コースの間ずっと、日々訪れる変化をとても興味深く感じていました。 「カウンセリングコース」ということでしたし、書籍も事前に読んでいましたので、ある程度どんなコースになるか予想をしていたつもりですが、いい意味で裏切られた気持ちです。 知識を学ぶというより、その瞬間瞬間を楽しみながら過ごす、その連続という感覚でした。 より解放された自由な気分です。ところで、一般的なビジネスの世界では「明確な目的を設定し、それを達成するために現状を変化させる」というアプローチが求められることが一般的ですが、あなたのアプローチは「変えよう」ではなく「変容を受け入れよう」というものですね。 この違いはなんなのでしよう?
ラハシャ 実際には、「変えよう」という気持ちを手放すことによってこそ変化が訪れるということです。 人はリラックスして自分の本質に触れることによって、創造性の無限の源(ソース)にアクセスすることができるようになります。 もしも、自分自身の本当の源に結びついていなければ、たとえ目的が達成されても本当の意味で満たされることはないでしょう。 外面的な成功を手にしても、存在を満たすことができず、気持ちは空虚のまま、ということはよくあることです。
真の創造性は、自分自身の内側にある聖なるものと結びつくことによって開花されます。 薔薇は、蕾でいるときにも自分がいつか薔薇の花を咲かせるということを知っています。 自らの内側にアプローチすることで、ヴィジョンの顕現はより簡単に起こるようになるのです。
目標とは「いつか達成すること」ではなく、その道筋にこそあるのです。 このように見方を変えると、ビジネスについての考え方も変わるのではないでしようか。 多くの人は「いつかじゅうぶんにお金を稼いだら、自分は幸せになる」と考え、人生を先延ばしにしていますが、実際には自分の本当の姿を受け入れることで、今、このときにある自分の人生を受け入れることができます。 見方が変わることで人生は大きく変わります。
豊かさとは、なにかを達成したあとに手に入れるものではなく、すでにここにあるものなのですね。
今井 コースでは「もし、今の私にイエスと言うならば」というエクササイズをしましたね。 これはまさに今という瞬間、プロセスを肯定することを体験するワークでした。 シンプルですがとてもパワフルでしたね。
ラハシヤ そうですね。
今井 もうひとつ気づいたことがあります。実はコースを受講する前は、受講生が少ない方が講師と触れ合う時間を多く取ることができて得だという考えを持っていました。 けれどもコースが進行するにつれて、すべての参加者が互いに支え合って成長していることを実感するようになりました。 参加したすべての人から学びを得た気持ちで、参加したみなさん全員に感謝しています。
ラハシヤ それを聞いて嬉しく思います。 マインドを通じて見た人生には大きな誤解があります。 真実は、私たちの人生は成長そのものであり、私たちは常に成長し続けているということです。 意識的であること、そして体験することを通じて、人は成長し続けるのです。 マインドによってプログラムされた小さな定義を乗り越えていけるのです。
          『リビング・エナジー』Vol.7(p84-85)

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なるほど。
ラハシャ博士は「マインドによってプログラムされた小さな定義を乗り越えていく」ことを“成長”とおっしゃっているのですね。
“成長”とは、あるがままを受け容れて、楽になることを言うのでしょうか。
pari 記

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