死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」

人は死んだらどうなるか? 死後の世界はあるのか? 人生の意味は何か?
近しい人の死に直面したり、人生に悩んだときに、誰しもこのような問いは一度はしたことがあるでしょう。
「死について」や「死後の世界」「臨死体験」についての本も多く出されていますし、興味のつきない問題です。
古くはキュブラー・ロスの「死ぬ瞬間─死とその過程について」がありますが、
死ぬ瞬間─死とその過程についてborder=”0″ />








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最近では、立花隆の取材をもとにNHKスペシャルなどのドキュメンタリー番組などでも何度も放映されたりもしています。
そこで使いきれなかった資料などが、立花隆氏の「臨死体験」という上下の本になって出版されてもいます。
臨死体験border=”0″ />








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最近、また「臨死体験」についての興味が高まっているようで、興味深い本がいくつか出版されています。
先日、死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」という本を読みました。
死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」border=”0″ />









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これはマイケル・ニュートン博士による退行催眠29セッションの全記録です。
今では全米で100万部を超えるベストセラーになっているというのですから、いかにこの問題についての関心が高いかがわかります。
マイケル・ニュートン博士は、もともとはカウンセラー、心理療法士として、心理的障害を治療するための行動療法の専門家ですが、伝統的セラピストとしての姿勢から、過去世退行のリクエストには消極的であったといいます。
しかし、不安な記憶や子ども時代のトラウマの原因を突き止めるために、催眠や年齢退行のテクニックを使っていました。
そのうち、前世の肉体や出来事と、現在の私たちとのつながりが、セラピー的な立場から見て極めて重要であることに気づくようになります。
そして、催眠下の被験者の心の目を通じて、スピリットの世界を垣間見ることができ、彼らは死んだあと、生まれる前の世界について報告してくれるということに気づいたのです。
そこで、スピリットの世界を見つけたいのなら過去世退行の延長線上を探ればいいということに気づき、スピリットの世界に入っていく手法を身につけるようになりました。
その結果、スピリットの世界での自分の在り方を知ることの方が、過去の自分の人生を思いだすよりも、はるかに被験者にとって意義深いのだということがわかってきたそうです。
このセッションの記録を読むと、肉体の死後も魂が存続することがわかり、「私はなぜここにいるのか?」という問いかけについて、自分の人生についてのヒントが得られるでしょう。
その超意識の視点から、もう一度、今の自分の人生について問いかけてみることも、今生での今の自分の人生を見直してみるには有益です。
ちなみに、この本でいう「超意識」は、本書の被験者のような退行催眠の誘導で得ることもできますが、通常の私たちには瞑想のときや、ふとした瞬間に内なる声として体験することができます。
オーラソーマでは、ヴィッキーさんは「内なるガイドの声に耳を傾けなさい」と言っていますが、それは内なる超意識に気づきなさい、ということでもあります。
オーラソーマはそういう意味で、臨死体験や退行催眠を受けなくても、自然と内なる真の自己に耳を傾けるシステムだともいえます。
オーラソーマは、真の自分に向き合うためのツールだともいえるでしょう。
その超意識を常に意識的に生きている人もいます。
それは悟りを得た人です。
悟りを得た人は「意識」「無意識」「超意識」のすべての層に気づくことができ、本当の自己を知ることができた人だからです。
その悟りを得た人からの死と生についての教えを知りたければ、「死について 41の答え」はお勧めです。
死について 41の答えborder=”0″ />








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死とはなにか、生とはなにか、超意識から見た場合には死はそもそも存在しないということ。 その他、死と生についての切実な問題について実際的な洞察を得られます。
私たちは、生きていることをあたりまえのようにして生きています。
しかし生と死はコインの表裏の関係にあり、いつでも死はそこにあります。
生きているということは、湖に張りつめた薄氷の上を歩いているようなもので、その薄氷の下は死の世界です。
次の一歩先は、死への一歩かもしれません。
そのことがわかれば、今この瞬間の生を、せいいっぱい生きたいと思うようになりますね。
私たちは、生の世界から死の世界を見て、なにか怖いことのようにも思っていますが、死の世界から見れば、この世の世界は、また別の世界に見えてきます。
そういう意味では、ときには死後の世界からこの世を見るのも悪くありません。
尚 記
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