「奢侈禁止令」と「四十八茶百鼠」

「奢侈禁止令」と「四十八茶百鼠」

  「日本の色とオーラソーマ」  鮎沢玲子

       
世の中の権力者というのは何かと庶民をコントロールしたがるものです。(^_-)

まあ施政者の仕事は既存の体制を護りながら社会の秩序を保つことですから、拘束の枠組みを何ももたないわけにもいかないのでしょう。

何かの社会的な規則を決めて、社会をその枠内に押し込めようとするのでしょうね。

そして権力者には、必要以上に拘束したがる傾向がありそうです。

その理由は、ひとつには他者を抑え込むやましさが逆に恐怖になる面があるのでしょうし、もうひとつには、たぶん権力者というのが、相手(または対象)を制御することでしか自分の創造力を発揮できない立場だからかもしれませんね。

でも、そうすると、取り締まられる庶民のほうにだって、取り締まられる側としての、独特の習性があっても不思議ではありませんよ。

もちろん、取り締まられる庶民にも、歴史的に培われてきた独特の習性があります。

それは、なんとか抜け穴を見つけて、その拘束の網から逃れようとすることです。(*^_^*)

とはいえ、封建制度という枠組みのなかで土地に縛りつけられた農民には、お上の取締に楯突くことなどほとんど不可能だったでしょう。

でも、ある程度の移動の自由が認められた江戸期の商人や職人、特に天領であった江戸の町民には、当時の世界の基準からしても、かなり突出して恵まれた庶民の自由があったようです。

なかでも才覚があって財力を高めた江戸の商人には、だんだん貧困化していた下級武士などと比べても、格段の自由とお上に逆らう気概があったのではないでしょうか。

そんなことを考えさせられたのは、今回ご紹介する鮎沢玲子さんの記事で「四十八茶。百鼠」という言葉を知ったからです。

四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)というのは、江戸時代の町人が編み出した、茶系、鼠色(灰色)系の染色のバリエーションなんだそうです。

身分制度を維持しようとする権力者から、町人のお前たちの着衣の色は茶色と鼠色だけだ、と制限されると、商人たちはその範囲内での贅を競いたい。

すると、そういった金持ちの商人連中を喜ばすために、染の職人連中が【四十八茶百鼠】と言われるほどの微細なグラデーションを駆使して、商人のお洒落心に応えたのではないでしょうか。

でも、そもそも、そのニュアンスの違いを楽しむだけの感性が日本人には備わっていた、ということでもあります。

では鮎沢さんの記事「日本の色とオーラソーマ」から、そのあたりに触れた部分をご紹介しましょう。

       
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千を越える色の名前を有する日本という国

一斤染、退紅、朱鷺色、桃染、撫子色、東雲色・・・これらはすべて、「ピンク」を表す日本の色名。
ひとくちに「ピンク」といっても、さまざまな名前とその由来があります。

 


日本は世界でも有数の、色名の多さを誇る「色彩大国」です。
ある調査によれば、日本には千以上の色名が存在し
、それは世界でも稀なことだそうです。
色の名前の多さは、日本の絵画芸術はもとより染色・織物などの服飾文化、工芸、文学作品やさまざまな文化における成熟度と関係が深いと言えるでしょう。
それはいにしえの日本人にとどまらず、近年の日本のアニメーションを見ても、色づかいの見事さには感心するばかりです。
色彩に対する感性の豊かさ、繊細な色を見極める目を、私たち日本人は今も昔も持っているのです。

今日の日本におけるオーラソーマカラーケアシステム(R)の普及、浸透の理由として、日本人の豊かな色彩感覚がひとつの要因になっているのではないかと思います。
イクイリブリアムボトルの色彩の美しさに魅せられ、奥深いオーラソーマの世界に足を踏み入れた私もそのひとりです。

ところで、私自身のことを少しお話ししますと、私は代々染物屋を営む家の長女に生まれました。
家族の会話には日本の色名がたびたび登場し、子どもの頃の遊び道具は染物の色見本帳。
いらなくなった見本帳をもらっては、たくさんの色を眺めて遊んでいました。
そんな私がオーラソーマと出会って「こんなに美しい色を毎日見て過ごしたい」と思うのはごく当然のことでした。

……(中略)……

巧みな色の言語を持つ国・日本

ターシェリーカラーの色の言語を日本の色名や日本の文化と重ねて考えてきました。
私はあらためて日本文化における色の重要性や豊かさを感じることができました。
しかも声高に語る色の言語ではなく、ひそやかな言葉でもあります。

ひとつ例をあげれば、江戸時代に幕府から「奢侈(しゃし)禁止令」というものが幾度となく出されました。
金銭的に豊かになりはじめた庶民が華美な服装をするのを禁じた法令です。
しかし江戸時代の人たちは、着用を許された色(茶色・鼠色・青など)のなかで、たくさんの流行色を作りだします。
そのバリエーションの豊富さから「四十八茶。百鼠」と呼ばれたほどです。

制限された色の範囲のなかで、微妙な違いを繊細に感じ取り、また豊かに表現する力を養っていったのです。

2011年3月11日を境に、私たちの国は今、たいへんな事態に直面しています。
こんなときだからこそ、思いだしてほしいのです。
何度も何度でも立ち上がる国の住人であることを。
日本の色は、私たちにその智恵と力があることを教えてくれています。


      『リビング・エナジー』Vol.7(p76)
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「奢侈禁止令」を出す江戸幕府と、それに対して庶民の中から生まれた「四十八茶。百鼠」の色彩感覚。

取り締まる側の創造力の働かせ方と、その制限内で、しかもそれに逆らって何かを表現したい創造力の働かせ方の戦いが、面白いですね。(^^)/

pari 記
 

 





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