世界は動物のヒーラーを本当に求めています

ヴィッキーさんが降ろした「バランス」ボトルというツールの働きは、色という普遍言語を介して地球の動物界と植物界と鉱物界の惹かれ合うものの間に起こる、エネルギーのバランシング作用とも言えるかもしれません。

たとえば、身近な例を挙げるなら、植物の緑色が「光合成」という二酸化炭素を取り入れて酸素を出す働きを反映していることは間違いないでしょう。

とすれば、私たちが自然に惹かれるのは、この植物の光合成の色である緑色に惹かれているからだとも言えそうです。

そして私たちが緑色に惹かれるのは、もちろん、そこで大量に吐きだされている酸素に惹かれているわけでしょう。

しかしこの同じ現象は、植物の側から描写するなら、酸素を吸収し炭酸ガスを吐き出す動物たちを誘うために、植物の光合成は緑色を纏うのだとも言えるかもしれません。

こんな表現の違いは、本来ひとつのものである生態系という有機体(自然界)のなかに、個々の動物や植物という個別の主体を区別立てしたために生まれた描写の変化にすぎません。

もともとはひとつの生態系のなかの、部分的不調和のバランス回復にすぎないのかもしれませんね。

部族社会のなかのシャーマンは、もともとは癒やしの術も担当していたのでしょうね。

代々その家系に伝わる癒やしの術を引き継いだ者たちは、人間を含めた生き物たちに起こっている不調和の状態を見分ける感受性を持ち、どのようにすればその状態をバランシングできるかを判断できたのだろうと思います。

それを判別するための大きな手段が、「色」「音」であっただろうことは容易に推測されます。

それらの癒し手たちは、おそらくオーラの色を見ることができる人たちだったのではないでしょうか。

動物はもともとオーラに反応しているとも言われます。

人間も動物の一種ですから、オーラの色に反映されている状態は人間の場合も動物の場合も、意味するところに違いはないのかもしれませんね。

これからしばらく、ヴィッキーさんのお話は動物たちの話題を巡って展開されます。


24 動物界

オーラソーマは、動物界、植物界、人間界の3つの世界の必要に応えます。
一見したところ、神秘的で不思議なものに見えますが、これにはわくわくするような現実的な目的もあるのです。
古い時代には、いくつかの例外を除けば、医者を志す人はすでに生まれついてのヒーラーであり、動物を癒す人は、動物に対する愛情と鋭い直感の持ち主でした。
しかし唯物論が蔓延する現代においては、野心とか、とにかく専門職につきたいという思いさえも十分な動機だとみなされるようです。
けれども、自分のためだけでなく、動物界を助けたいという深い思いによって獣医になろうとするのが、やはり肝心なことでしょう。

49種類のハーブのエッセンスやエキスが美しくブレンドされた「ポマンダー」は、高い資格を持った獣医によって、動物に対し奇跡的な効果があることが分かってきています。
特に、耳の症状に効果があるようです。

動物にとって、「バランス」オイルは湿疹などの皮膚病に劇的な効果があるようです。
ここで特に言っておきたいのは、人間と動物のチャクラはそれぞれ対応しているということですが、何も眉をひそめる必要はありません。
人間も動物の一種であり、獣医が使う錠剤や水薬や注射のいくつかは、当然のことながら量は異なるにせよ、人間にも処方されているということは周知の事実なのです。
ですから、動物界で起こる不適応や病気に、人間に対して使うのと同じ自然の成分を使えると考えても、それほど突拍子もないことではないでしょう。
獣医のなかには、ホメオパシーの治療やニューエイジの考え方を取り入れ始めている人もいるのです。

治療のために、ペットをなでたり抱いたりすることを勧めている人たちもいます。
心臓や卒中の患者は、この「処置」のあとには状態がよくなり、神経過敏な人、うつ病の人などにも効果を上げています。

人間であれ動物であれ、癒す側と患者との間の意志の疎通はとても大きな意味を持ちます。


しかし動物は口をきけないので、ただ表に現れた症状や兆候によって診断を下してしまいがちですが、生まれついてのヒーラーは、獣医であろうとなかろうと、沈黙の会話を交わすことで問題を発見し、治療することができるのです。

世界は動物のヒーラーを本当に求めています。
本当に収穫は多いが、働き手は少ないのです。

私は人に会うたび、その人の顔とオーラを見つめ、時間と永遠がひとつに結ばれていたときから、その目的のためにプログラムされている人たちを見出すのです。
それに本人が気づいているかどうかは、別の問題ですが。

『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』(p260-261)


 

【治療のために、ペットをなでたり抱いたりすることを勧めている人たちもいます】

このごろは人間に起こるいろいろな不調和の癒し手として、動物たちが関わってくる場面が多くなってきているように思われます。

どこまでも合理性と効率性を追求できる分野もあれば、合理的な効率性を追求できない世界もあることでしょうね。

pari 記

 

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