コマラ、マイクの声が初めて聞こえたんだよ!
「オーラソーマをふりかえって」より 黒田コマラ
「オーラソーマ」というシステムは、よほど日本人と相性が良い所があったのでしょうね。
表面的には日本の文化とはおおよそ縁のないバックグラウンドを持っていると思われるこのシステムが、なぜか今では世界で一番日本に多くのファミリーを擁しているのだそうです。
でも、考えてみれば、日本人がこのシステムと遭遇する接点には、ほとんどの場合は言語の問題があったはずですね。
オーラソーマは元々イギリスで誕生したシステムですから、英語の媒介なしにこのシステムとつながることはできません。
これがヨーロッパの国々の人たちなら、ほとんど言葉を意識することなく、オーラソーマというシステムに接触していく、といったことはいかにもありそうです。
特にドイツ人やオランダ人なら、日本の九州の人が東北の人に話しかけるより簡単に、英語を理解したでしょうから。
でもイギリスから遠く離れた地に住む日本人にとって話が違います。
大多数の日本人は、言葉をまったく意識せずに英語圏独自の文化に参入していくことなど考えられません。(^^;)
ということは、最初からオーラソーマと日本人の間には、大なり小なり「通訳」という過程が介入していたことになります。
そういう流れの中で、オーラソーマととても近いところにいた日本人の一人が、現在マイク・ブース氏の通訳をしている黒田コマラさんなんでしょうね。
今回はそのコマラさんが、マイク・ブース氏の専属通訳的な立場になるキッカケとなったエピソードについて話してくださっています。
ではコマラさんの記事「オーラソーマをふりかえって」からその辺りの部分をご紹介しましょう。
—————————————————————— 私がオーラソーマと深く関わるようになったのは、マイク・ブースさんの通訳をはじめてからだったように思います。 それも15年ぐらいになりますから、ずいぶん長いおつきあいです。
私は通訳になるための勉強を今までしたことがありません。 ただ自分を知るため、自分が自由になるために自己変容のプロセスで体験したセラピーやヒーリング、ボディワークなどを海外で受けたことで、内面の世界に関して英語に親しんでいたことが、自然にマイクの通訳を引き受ける流れになったように思います。
私がオーラソーマの世界で本格的に通訳をしようと思う、きっかけになった出来事があります。 それは2000年のミレニアムのころだったと思いますが、イギリスのデヴ・オーラでコースの通訳をしたときのことです。
休憩中に、参加者であるひとりの女性が私のところに飛んで来て、
「コマラ、マイクの声が初めて聞こえたんだよ!」
と、感動のまなざしで私を見つめて言いました。 彼女は私の通訳を通して、自分の心にマイクの伝えるなにかが触れたのだということを語っていました。 それは、なにかの情報を理解したとか、話に感動したというレベルではなく、私の通訳を介しながらもダイレクトにマイクの声が聞こえる、トランスミッションが起こったと言っているようでした。 私はそれを聞いて、ここに私のできる役割があると漠然と感じたのを覚えています。
このエピソードは、私が今日こうしてマイクの通訳を続けていることの大きなきっかけをくれました。 私は通訳になりたいと一度も思ったことはなかったし、特にその仕事に興味があったわけでもありません。 ただ、今まで自分のやってきたことが、自然に私をその役割をする位置に導いたとしかいいようがなく、同時にその女性の言ってくれたことが、私の興味をそそったといえます。
通訳をしているときに自分自身のハートをオープンにしていると、そこにやって来る言葉が、ハートのなかにある楽器を通って、自分の口から音楽のように言葉が放たれるような感覚が起こるときがあります。 自分がそこにいるようでいないとでも言えばいいのでしょうか。
私は、その瞬間にトータルであることで起こる現象に惹かれました。 それは、私にとって瞑想への興味でした。
通訳をするときは他のことに気を取られていたり、昨日や明日のことを考えているとできません。 今、ここにあることが必然です。 そのなかで私は通訳として言葉以上のなにかをトランスミッッション(伝達)することの可能性に興味を持ちました。 興味を持つことで、そこにエネルギーが流れたからか、このように15年もこの仕事を続けていられるのかもしれません。 『リビング・エナジー』Vol.8(p26-27)
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なるほど……。
もし聴講者から、自分の通訳を通じて話者本人の言葉が聞こえた、と言われたら、これはもうやるっきゃないかもしれませんね。(^^;)
起こることになっていることが起こるのでしょう。
pari 記
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