物質世界とはエネルギーフィールド

物質世界とはエネルギーフィールド
「オーラソーマ 光と身体」(ドミニク・ヨーマン)からの抜粋
        オーラソーマシステムはわれわれ人間を“光の身体”として見ている、という言い方がありますよね。
“光の身体”という言葉には、いろいろな意味を託すことができそうです。
それがどういう意味なのか、もちろん、はっきり具体的にはわかりません。
その具体的意味まではわかりませんが、ただ何となく、物質世界自体のイメージが古典的イメージからずれてきていることと関係があるらしい、という感じはあります。
つまり、人間にかぎらず物質世界というものが、これまで思っていた確固とした実体を持つものではなく、どうやらもっとエネルギー的なものらしい、という感じです。
イメージが変わるというのは大きなことで、「午後の授業」のジョバンニではありませんが、すべてが“ぼんやり”してくるんですよね。(^_-)
パラダイムシフトとでもいうのか、ものごとの理解の枠組みが大きく変化するときというのは、一度すべてが曖昧になる必要があるんでしょうね。
そうしたら、これまで個体だと思ってきたものは、じつは個体という幻像を表現するためのひとつのエネルギーの現象形態だった、というようなことも理解の範疇に入ってくるのかもしれません。
ちょっとそんなことを思わされるドミニクの文章があったので、ご紹介します。
        ——————————————————————– …… ここではオーラソーマのカラーシステムからの洞察とともに、光とボディーの関係を探ってみましょう。
まさにオーラソーマ(Aura-Soma)という名前が、このシステムがこの主題と親密にかかわっていることを示します。 この名前は最初のボトルが誕生した後、すぐインスピレーションで受け取られたものです。
「オーラ」とは「放射」、あるいは「エネルギーフィールド」を意味します。 この領域は光と色によって知覚されます。 「ソーマ」はたとえば精神身体医学においては「身体」を意味します。 オーラソーマという名前は、このシステムの意図とそれが与えることのできる可能性を表しています。 その可能性とは、エナジーフィールドと光と体のつながりです。
オーラ(Aura)とソーマ(Soma)が(英語表記では)ハイフンによってつながれています。 光のフィールドと体が分かれているものではなく、実際はより深い根底にある一つの調和の二つの側面であり、とぎれのない一つのエネルギーの一部であるからです。
この考えは科学の世界においてはもはや異質のものではなく、現実の中で、科学研究の先端で働く量子物理学者によって生み出されたものです。 今世紀の初頭から、彼らの発見は科学の理解における発展を見ることによって、生命をつくる最も小さな個は、まったくのところ固体ではなく、エネルギーの力であるという気づきを導いてきました。
私たちが、自分自身を、そして私たちを取り巻く宇宙をどのように見るかに最も深い関係を持った研究です。 体もその一部である物質世界というのは、固体ではなく、普遍のものでもなく、ただエネルギーフィールドでつくられたものです。 その領域では、エネルギーの力は不規則にONになったりOFFになったりするようで、それが最も小さな微粒子が現れたり、消えたりする原因となるのです。
物質世界のすべて、それは我々の肉体を含む、構造と固体を持つものすべてが、可能性として存在の中で瞬間に現れたり、消えたりしていると考えるのは、私たちの現実のレベルでは理解するのがほとんど不可能です。
最も深いレベルの現実において、科学は光と身体の関連性を発見しています。 ……
                 『リビング・エナジー』Vol.4(p77) ——————————————————————–
なるほど……。
「エネルギーの力は不規則にONになったりOFFになったり」している……。
まるで、宮沢賢治の詩のような感じですね。
—————————————-  わたしという現象は  仮定された有機交流電燈の  ひとつの青い照明です  (あらゆる透明な幽霊の複合体)  風景やみんなといっしょに  せはわしくせはしく明滅しながら  いかにもたしかにともりつづける  因果交流電燈の  ひとつの青い照明です  ……        宮沢賢治『春と修羅』序から —————————————-
やっぱり天才というのは、まったく別の世界に触れているんでしょうね。
pari 記
     
Twitterボタン Twitterブログパーツ