『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』:【15 カラー・マジック】から
ヴィッキー・ウォール
いわゆる“生き物”はまわりの環境に応答しながら生きています。
応答しながらということは、つまり、まわりの状況の変化に自らも変化で対応しながら生きているということですよね。
そして私たち人間ももちろん生き物ですから、環境の変化に対応して生きています。
そして私たち自身もまた他の生き物にとってはまわりの環境の一部になるわけでしょうね。
だから私たちもまた、人間同士はむろんのこと、ペットや野生の動物の振る舞いに対してそれなりの反応をしますし、相手もまたこちらの態度や状況に応答するわけですよね。
植物は、私たちの言葉では、いわゆる“生き物”ではありませんが、生きている生命体であることは、もちろん、認められています。
水やりを忘れたら萎れる花も、ちゃんと水をやり続ければ、ながく咲いていてくれるかもしれません。
でも、その植物のエッセンスを瓶詰めにして、それが“生きているエネルギー”だと言われると、一般的にはちょっと受け容れられないでしょうね。(*^_^*)
でも、鉢植えの植物を生命体と感じる人と、ただの置物と感じる人では、とうぜんその鉢植えに対する態度も違うでしょうし、鉢植えの方もまた、相手によって振る舞いが違ってくることは、その違いが分かる人にはわかるのかもしれませんね。
ヴィッキーさんのパートナーのマーガレットは、最初ボトルを生き物とは感じられなかったようですが、でも身近に付き合っていたので、ボトルが自分のエネルギー状態に応じて変化することは認めざるをえなかったようです。
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医学的な教育を受け、実際的なマーガレットは、こうした現象の意味を受け入れるのが難しいようでした。
私も最初はそうだったのです。
けれどもマーガレットは、ストレスを感じたり、風邪を引いたりしているときは、自分のボトルが変わることに気づきました。
振るとオイルは濁り、健康なときに見られるようなすっきりとした泡とはまったく違ったねばねばと濃い泡になるのですが、風邪やストレスが去ると、ボトルもまた元に戻ります。
マーガレットは今では、こうした変化は、彼女自身の波動にオイルが反応するのだと理解しています。
クリスタルのように透明なボトルに入った鮮やかな色のオイルは、植物のエッセンスやエキスを含んでおり、ある意味では占い棒のように働き、たくさんの驚くべき神秘的な、説明不可能な側面を持っています。
「バランス」ボトルを扱っていると、もっともっと深く知りたいという気持ちが否応なしに湧いてくるようで、たくさんのオーラソーマ・セラピストは、綿密な学習を積み重ねています。
ボトルを通して内なる意識が働き、相互に関連づけをし、それによって「バランス」は、体と心と魂を考慮に入れた、完全にホリスティックなレベルの診断の手段となるのです。
そしてまた、これは一種の警報装置のような役目も果たし、その人に前もって注意を促してくれるのです。
より高い波動に同調している人は、オーラソーマの「宝石」の中に現れる、夢の象徴を見つけています。
太古の昔から、夢はいつも予言の源とみなされ、夢を解釈することは、聖書の時代においては、もっとも重要なことと思われていましたが、さて、夢はいつヴィジョンになるのでしょうか。
私が繰り返したずねる質問はこうです。
「あなたの夢は白黒ですか。それともカラーですか」
悪夢や、昔の恐ろしい記憶などがよみがえってくるときは、特にいつも白黒で、写真のネガのように見えます。
カラーの夢は、たいてい今か未来に関係していますが、白黒の夢も心理的なガイドになりえます。
それはその人の「今ここ」にしみ込んでしまっている恐怖やつまずきをもっとよく理解し、より深く自己を知る役に立ってくれるからです。
そしてその目的の「実現」とは、魂がらせん状の旅を始めたとき以来の真の自己に、本当に気づくということなのです。
ヴィジョンや、予言や、あらゆる種類の予知は、カラーで来るようで、聖書の中の色に関する記述のいくつかは、一見したところより、もっと深い意味があるようです。
例えば、旧約聖書の中で、ヤコブは息子のヨセフに色とりどりの上着を与えますが、それはヨセフが他の兄弟から殺意に満ちた嫉妬と憎しみをかうほど、大きな意味を持つことでした。
その色彩は、特別な霊的な能力を意味していたのでしょうか。
のちに、エジプトの王が見た七束の黄金色のとうもろこしの夢から、来る七年の旱魃に備えて、とうもろこしの倉庫をつくる必要があると預言したのは、他ならぬそのヨセフだったのです。
『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』(p119-121)
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疲れているときにはカラーの夢を見る、ということを聞いたことがありますが、ヴィッキーさんはそれとはまったく違った観念を持っていたようです。
【旧約聖書の中で、ヤコブは息子のヨセフに色とりどりの上着を与えますが、それはヨセフが他の兄弟から殺意に満ちた嫉妬と憎しみをかうほど、大きな意味を持つことでした】
なるほど、ユダヤ教ではそういう意味合いがあったんですねぇ。
pari 記