楠アドシさんより≪レッド+ピンクで地球に繋がり、ローズピンクで手放しと安らぎを≫

ローズピンクのポマンダーが日本に入ってくる前、ふと思いついてレッドとピンクのポマンダーを混ぜて使ったことがあります。


https://aura-soma.co.jp/products/pom/P04.html
https://aura-soma.co.jp/products/pom/P02.html

その瞬間、大きな地球の存在をぶわっと感じ「なにこれ~!?」と感動しました。

私は、思考が活発になり無駄にエネルギーを消費しているとき、グルグルする頭のお喋りを手放し、意識を足におろすため、レッドやディープレッドをよく使います。

でもそのときは、レッドとピンクのどっちも欲しいと感じ、興味のままに手のうえで合わせてみました。

見あきた地下鉄のホーム、習慣になっているポマンダーを手に取る行為。

そこまでは、もはや意識がないほどの流れ作業。

なのに、レッド+ピンクのポマンダーを両手で包んだ瞬間、宇宙から見た地球の姿が浮かび、母なる大地に包まれているような、自分の力を越えた大きな安らぎを感じたのです。

びっくりして思わず目が開き、「すごいっ」と口に出してしまったほど。

そのとき私が受けた感覚は、レッドの持つ土・大地のグラウンディングパワー。

そしてピンクの、すべてのものをそのまま受け入れ生かすことができる地球の持つ壮大な受容力。

この2つが、どちらが多いでもなく、どちらも等しく、それぞれの持つエネルギーとして、私のなかに飛び込んできてくれた衝撃でした。

レッドは私のなかでグラウンディングの色。

アスファルトの道を歩いていても、故郷の土の匂いや色、海の砂浜や波のうねり音を思い出させてくれる。

そして、頭のお喋りがうるさく身体が固まっているときに、「はいはい、今この瞬間に戻ってこ~い! とりあえず自分の足でGOでしょ!」と仕切り直させてくれる色。

レッドに光がはいったものがピンク。

ピンクは私にとってセルフラブの色。

怒り狂う自分、すぐ落ち込む自分、人と比較する自分。

この自分を、とてもじゃないけど愛せないとき、ピンクにサポートを求めます。

緊張して身体がこわばっているとき。

集団のなかで自分に繋がっていたいときにも手がのびるポマンダーです。

ローズピンクのポマンダーを使いはじめてみると、ピンクとは微妙に違う個性を感じます。

https://artbeing.com/aura-soma/pom/P19.html

なぜか、地球の姿が背後に浮かぶんです。

アマゾンのような湿った深いグリーン。

音も光もない深い海のロイヤルブルー。

宇宙空間で静かに、そしてゆっくりと回転する美しく壮大な地球。

レンズを近づけていくと、さまざまな国があり人々が生活を営んでいる。

さらにズームアップすると私という人間がこうして、悩み喜び生きている。

そしてまたレンズを引くと、そこにはただ大きな地球がある。


「だから、愛の子よ、ローズピンクの上でお休みなさい」


ローズピンクのポマンダーが誕生したとき、マイク・ブース氏が伝えてくれたメッセージのなかで綴られている、オーラソーマの創始者ヴィッキーさんの言葉です。

新ポマンダーローズ ピンク マイク・ブースからのメッセージ


「ローズピンクの上でお休みなさい」

なんとやさしい包容力のある台詞。

私はこのフレーズをきくたびに、なんともいえない脱力感を覚えます。

「ありのままの自分を愛するにはどうすればいい?」

「今のこの嫌な自分を愛するには私は何をすべき?」

その答えは、「なにもしなくていい」だったんだと思います。

2025年の5月、ローズピンクのポマンダーが日本で買えるようになってから、毎日ローズピンクを使いました。

でも、そのときはまだ「ありのままの私を愛するには何かをしなければ」と思っていました。

だって、こんな私は理想じゃないし、こんな感情は良くないから。

でも、私がすることはなかったんですよね。

ただ、ローズピンクに任せていればよかったんだ。

「ローズピンクの上で休む」

なんと愛おしい表現だと思いませんか?

レッド+ピンクで感じた、小さな自分を超えた大きな地球の存在。

そこから、色の上でただ「休む」ことを教えてくれたローズピンクのポマンダー。

時間がかかりましたが、この一連の流れは私にとって、自分の大きな思い込みと理想を手放し、起こること、瞬間瞬間にゆだねることへの信頼と心地よさを教えてくれました。

怒って泣いて嫉妬して。

こんなうっとおしい私に(笑)、そんなお前も可愛いヤツじゃないか、とまるっとOKを出してあげられる。

そんな自分に少しずつ会えてきている今を、大切にしたいです。

最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。

楠アドシ 記