【「天球」と「黄道」:個の時代(2)】:『はじめてのオーラソーマ』第350号

Image

はじめてのオーラソーマ No.350 2022.10.14

みなさん、こんにちは。

えつこです。 

今回も「はじめてのオーラソーマ」をお読みいただき、ありがとうございます。

 

前回のぱりさんのお話は「個の時代」について(1)【アクエリアスの時代】でした。

まだお読みでない方は、こちらからご覧くださいね。

 

「個」って、なんだかおもしろいですね。

人によって、「個」の受け取り方はずいぶん違うように思います。

私にとっても「個」について考えるきっかけがありました。

それは小学6年生のときです。

当時、子どもたちだけで映画に行くことになったのですが、必要なお小遣いを持たせてもらい、それはもう大イベントで、ちょっと大人になった気分でした。

そのときに母に、「みんな持っているから、時計が欲しい(買って)」と言ったのです。

今の子どもはスマホも持っているし、そんなことはないのでしょうけど、私の子ども時代は中学生の入学祝いに時計をもらうような時代だったので、時計は少し大人のアイテムでした。

そのときです・・・母からすかさず、「みんなって誰?」と突っ込まれたのです。

とっさのことで答えられず、ましてやそれは「みんな」でもありませんでした。

自分以外の複数の人たちを「みんな」と言っていただけだったのです。

そのときに、私にとってはじめて「個」の意識が芽生えました。

「みんなが持っているから、欲しいのか?」
「私が欲しいのか?」

子どものころは、人と一緒だと平均的な感じがして、なんだか安心しました。

自分だけ「変わっている」なんて思われたくありませんでした。

もうひとつ。

私は子どものころ、とても小さくて痩せていました。

よく言えば「かわいい」のですが、子どもはとかく早く大人になりたいと思っているもので、身長ネタや体重ネタはほんとうに嫌でした。

合同で行われる身体測定でも、「頼むから、大声で体重や身長を言わないで!」と祈っていました。

朝礼ではいつもいちばん先頭で、そうすると「前へならえ」のポーズも、ひとりだけ腰に手をあてて違っていたのがとっても嫌でした。

そんな嫌なポーズを何年もしていました。

ところが、中学2年生のときに急に身長が伸びて、だいたい真ん中ぐらいまで急成長したのです。

そんな経緯があるので、今でも小柄な人の気持ちもわかれば、ましてや体格で人格は決まらないし、いい経験をしたと思っています。

なぜ、こんな話をしているかと言うと、「自分」対「まわり」で見ると、どこまでも比較や差しかないのですが、ベクトルを外ではなく内側へ向けると、もっと自分を深く知ることができるということです。

“隣の芝生は青い”と言いますが、持っていないものを欲しがったりするものです。

今回のぱりさんのお話は、「黄道」と「天球」についてです。

昔の人も、どこから物を見るのかで、ずいぶんと景色や常識が変わっていたことでしょうね。

ほんのりと涼しさや静けさを感じる秋の夜長。

古代の人を想いながら、「個」について意識を向けるのもいいですね。

えつこ

 


「個の時代」について(2)【「天球」と「黄道」】


 

体験談検索サイトの公開記念のシリーズ記事、
【「個の時代」について】の2回目です。

スピリチュアルの世界で
「アクエリアス(水瓶座)の時代」といった言葉が
語られるのはよくご存知だと思います。

イエス・キリストは「うお座」の時代を代表し、
現代は「うお座」から「水瓶座」への移行期に
当たるというような話も耳にされたことでしょう。

今回は、
この「黄道十二星座」っていったい何のこと?
ということの入り口みたいなお話をさせていただきます。^^;;

目指すのは
「あーあ、黄道十二星座ね。
 細かいことはともかく、
 それがどういうことかならわかるよ」
と言っていただくのが目標です。(^_-)

できれば、ちょっと地動説を知らなかった
古代の人々の気持ちを想像してみるつもりで、
付き合っていただければと思います。

今回の話は全然わからんかった、
と言われると、ちょっと悲しいかも。(*^_^*)

今回は「天球」という言葉と
「黄道」という言葉についてお話します。

「個の時代」の意味合いについては
その次にお話させていただくつもりです。


■「天球」

簡単に言えば、「天球」というのは、
天動説が信じられていた時代の大空の姿です。

ちょっとイメージしてみてください。
昔の人々にとっては大地を覆う大空全体が東から西へと巡っていたのです。

いまだって、日常語としては
太陽は東から昇って西に沈むと言いますよね。

コペルニクスが地動説を発見する以前は、大空が大地の上を東から西へ巡っているのが、文字どおり「事実」だったわけです。

そして太陽の背後にはいつもほぼ同じ星座があったのです。

もっともそれは
毎日少し(1度)ずつずれていくわけですが。

そして夜になると、
昔の人々は夜空にさまざまな星の模様(星座)を認め
そこに物語を紡いだわけです。

ここに大きな風船があると想像してみてください。

球体であるその風船の内部中心に地球があります。

風船の内側の世界に太陽が昇ると、
世界全体が明るくなって空の星の模様は見えなくなります。

でも実際は、
大空には大小さまざまの星々が満ちているので、
太陽が西に没して地上世界がが暗くなると
大空一面にまた星が瞬きます。

その星々は古代の人々にとっては
黒く塗られた風船の内側に散りばめられた
大小さまざまの光の点の模様と感じられました。

現代人の私たちが連想するものでは
プラネタリウムのドーム状の天井がそれに近いですね。

現代人にとってはプラネタリウムの天井は
投影機から投光されした光の映写幕ですが、
古代の人々にとってはこの星々を散りばめた天球そのものが
東から西に回転していたわけです。

これが「天球」のイメージです。

「黄道」とは、この「天球」上の太陽の通り道です。


■「黄道」

日が昇るとまわり一面が明るくなるのは、
昔の世界も今の世界も変わりません。

大空の星々は姿を消し、
闇に閉ざされていた地上世界が姿を現します。

日中太陽が東から西に移動しているときには、
その背後にどんな星があるかは見えません。

でも、日が昇るとき、
その背後にあった星座はわかっています。

また日が沈むとき、
その背後にまた瞬き始めた星座もわかります。

季節を通じ、また年間を通して、
太陽の背後にほぼ同じ星座があるのもわかります。

長い時間を辿って星を観測していれば
太陽が天球上のどの星座をたどって動くのか
その経路がわかるのは当然でした。

現代人にとっての
太陽のまわりを周回する地球の一年間の公転は、
天動説の時代の人々にとっては、
太陽が一年間かけて天球上の「黄道」
一周する動きだったのです。

ところで、
「天球」というのは地球を内部中心とする
風船の内側のことでしたね。

「黄道」というのは
【地球から見た太陽の通り道】のことです。

太陽は1年間かけて
天球上に散りばめられた星座を背景に

一周して元の位置に戻るわけです。

そうすると、
太陽の通り道である「黄道」というのは、
1年間を通して地球と太陽をつなぐ直線で
「天球」を輪切りにした
その円形の面の円周なるのがわかりますか?

このイメージを目に見える形に実現した
「渾天儀(こんてんぎ)」という道具があります。「渾天儀(こんてんぎ)」

「黄道」は天球の中心を含む切断面の円周ですから
天球面の大円になりますよね。

この「黄道」に沿った大円上の帯の位置で、
天球の内側に配置されている星座が、
古来語られてきた「黄道十二星座」というわけです。

太陽はこの天球上の「黄道」
1日に約1度ずつ移動します。

そのほかに、前回述べたように、地球の自転軸は
ごくごく緩慢・微小な“首振り運動”を続けているのでした。

この地球の歳差運動の結果、
天文学上の現象として、
惑星地球の春分点・秋分点が黄道に沿って
少しずつ西向きに移動するということが起こります。

これが「歳差」と呼ばれるものです。

このごくごく微小な歳差ですが、
そのかすかな移動も塵も積もれば山となるで、
やはりついには「黄道」を一周するのです。

天空の“回転ゴマ”である地球の
回転軸の首振り運動が長大な時間をかけて
元の回転ベクトルに戻ります。

それに要する時間が約25,800年だというのです。

この長大な期間を通じて惑星地球が
ひとつの周期を完了するのは間違いなく天文学的事実です。

そしてそれは宇宙的な
とても大きな周期でもあるらしいのです。

 

次回はいよいよ
その約26,000年の周期とは
いったいなんの周期なのか?

そして「個の時代」という言葉の暗示するものに
触れていきたいと思います。

楽しみにお待ちくださいね。

m(_ _)m

pari 記