私の手はじんじんと奇妙に痺れ

小学校からの帰り道、ヴィッキーさんは親友のセシリアの誘いに乗って彼女のおばさんの家に行きます。

小学生高学年のヴィッキーさんにしてみれば、もちろん、セシリアがほのめかす「フルーツケーキ」の一言に抵抗できなかったわけです。

でも実際は、どんな理由で、誰がどんな体験に導かれるのかなど、わかったものではありません。
それぞれの人が、それぞれの過去と願いを抱えて、この世での現実を引き寄せ、人生を歩まされているとも言えるでしょう。

だから、セシリアの目論見やその彼女の話に惹かれたヴィッキーさんの思いは、もっとずっと大きな全体の絵柄のなかに織り込まれているのでしょう。

そんな絵柄のなかでセシリアの糸とヴィッキーさんの糸が一瞬寄り添い、別のどなたかの糸と縒り合わさっていくのかもしれませんね。

そこにはそれと知らずにヴィッキーさんのエネルギーを待っている人がいるのかもしれません。

それにしても、外からの訪問者の声を聞いて、ドアにつけた紐を引いてドアを開けるような仕組みもあったんですね。
昔のリモートコントロールですねぇ。(^^;)
なんだかお伽話に出てくる場面のような……。


その家は、玄関のドアの真ん中にある把手にひもが結びつけてあり、誰かがやってきて、郵便受けから呼び掛けると、そのひもを引いて客を招き入れるようになっていました。
今から考えるとぞっとしますが、当時は、そんな仕掛けも手軽で安全だったのでしょう。
そうした儀式を終えたあと、私たちはベッドルームに入りました。
ちりひとつ落ちていない部屋のなかで、家具はといえば、大きな真鍮のダブルベッドの他には、椅子が一脚と、鏡台があるだけ。
私の親友は、身内の気安さで、その椅子に早々と腰を落ち着けてしまいました。

「こんにちは」

私が仕方なく立ったままで、ベッドに横になっている人におずおずとあいさつをすると、その痩せた青白い女性は、力なく微笑み、私の目をじっと見つめ、

「こっちにきて、お座りなさい」


と、蚊の鳴くような声でベッドを示しました。
病人のベッドに腰を掛けるものではない、と教えられていたものの、他にどうしようもありません。
するとその人は、すうっと手を伸ばして私を引き寄せ、そのままずっと手を握っていました
その間、鏡台の上にある巨大なフルーツケーキの塊を食い入るように見つめていたセシリアが、ふいに高らかな声を上げました。


「おばさん、お茶をいかが。ケーキを切ってあげましょうか」

その人は、またやさしく微笑みました。

「ありがとう。おまえとお友達の分もね」

彼女はまだ、私の手を放そうとしません。
私は、フルーツケーキの載ったお皿を手渡されたものの、それを片手で食べるかと思うと、いささか気が引けました。
けれども、愛はおのずと道を見つけるもので、ケーキはまっすぐ私の口に入り、小さなかけらすら床に落ちることはありませんでした。
そして

「名前は」とか

「セシリアと同じクラスなの」といった一通りの質問に行儀よく答えていたのですが、さすがにだんだん帰りの時間が気になりはじめました。

けれども私の手はじんじんと奇妙に痺れ、まるで私が放そうとしても、放すことができないかのよう、これは、誰かヒーリングが必要な人に触れるたび、繰り返し起こる感覚です
それはたいてい無意識のうちに起こることで、頼まれてしたことは、一生で しかありません。
そして、ついに痺れがおさまると、私はゆっくりと手を引きました。

『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』(p26-27)



片手をそのおばさんの手に預けたまま、残った片手でフルーツケーキを食べるヴィッキーさんも、なかなかかわいかったかも。(*^_^*)
でも、その間に起こるべきことは起こっていたようです。
このときがヴィッキーさんが経験したはじめてのヒーリング体験だったんですね。

pari 記

 

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