船が通り過ぎるのを、ぼうっと突っ立って見ていないで。

現れの世界に起こることはすべて集合的な出来事なのかもしれない、というふうなことを感じたことはありませんか?

自分の人生に起こったことは、生まれてからの個人的事情という固有の色合いを帯びたストーリー展開のなかで起こっているのは間違いないのに、あとで気がついてみると、なぜかその時代の集合的な物語の一部をなしていた、というような感想が浮かんできてしまう。

そういうことがあるような気がします。

自分としてはとても個人的な事情のなかであるいは藻掻き、模索しているつもりだったのに、あとから気がつくと、まるで海中のたくさんのプランクトンが揺れる波の指揮棒に併せて揺れ動いていただけだった、というような。(*^_^*)

たとえば、日本の元号で「平成」「令和」に変わったからと言って、別にただの呼称の問題ではないかとも思われるのに、それがあとから振り返ってみると、「平成」「令和」は、「昭和」「平成」ほどにも、あるいはそれ以上の大きな変わり目だったのだと、あとから思われるのかもしれませんね。

そして自分はその時代の空気のなかで、いかにもその時代の人間らしいことをやっていただけだった、などと見えるのかもしれません。(^_-)

ヴィッキーさんたちは「オーラソーマ」という大きな物語のなかで、そのメインのプレーヤーとして忙しく働かされています。

これはもう動きだした列車のようなもので、乗っている以上は避けることもできませんし、その時が来るまでは勝手に降りることもできません。

マイク・ブース氏などは木こりになって大活躍をしたようです。

そういうすべての努力の結果、このデヴオーラが今や国際的な専門学校となって固有の役割を果たしていることは、みなさんご存知のとおりです。

そしてこの「オーラソーマ号」の軌道自体も、ニューエイジという大きな集合的現象にその不可欠の一部として組み込まれているのでしょうね。

どうやら、ヴィッキーさんが語りおろしたこの物語は、ここでひとつの区切りを迎えるようです。


そこが使用に足るようになるまで、九か月もの血と汗と涙の努力の物語がありました。
約束の破棄や、あれやこれやの思わぬ障害に、爆発しそうな思いを味わったこともあります。

私たちは、どんどん勢いを増すオーラソーマの激務の合間に、できる限りそこへ駆けつけることにしていました。
マイクは木こりとなり、やぶを伐採し、枯れ木を取り除きました。
こうした混沌の最中に、私たちは、発見のスリルを味わいました。
あるときは、美しい古井戸が見つかり、将来、もしお金が許せば、ぜひ修復したいと思っています。
それから、びっしりとつたで覆われていて気づかなかったのですが、その下から、南に面した馬車置き場と馬小屋の高い煉瓦の壁が現れ、おまけに煙突まで出てきました・・・温室におあつらえ向きの建物です。

そして初の泊り込みのセミナーが、一九八七年の十月に行われました。

そして二年後の今、優雅な車道とセミナールームができ、そして、温室も役目を果たし、ゲストのために、有機栽培のトマトやキュウリ、唐辛子がすくすくと育っていますし、つたもまた新しい縄張りを見つけはじめています。

今、デヴオーラは真の美しさと目的を発揮し始め、国際的な専門学校へと発展しています。


マーガレット・コックビンは解剖学と生理学の講義をし、40年にも渡る頭蓋骨の整骨師の経験を伝え、マイク・ブースは私の目となり、手足となってくれています。
私たちは、霊的にひとつに結ばれ、ともに働き、そして結局、マイクが私の仕事を引き継ぐことになりました。

読者の皆さん、私はこうしてオーラソーマの物語を話し、私のなかにあるものすべて、秘密だったものをすべて、目の前に曝け出しました。
あとは、あなた方をこのスリルに満ちた発見の旅へと招待するだけです。

船が通り過ぎるのを、ぼうっと突っ立って見ていないで。
あなたのポケットには、ファーストクラスのチケットが入っているのですから。
さあ、今こそ、この新しい哲学とともに、このニューエイジのパイオニアの仲間入りをする時です。

そして私は、ここでこの本を終わりにし、織り物の手を止めることにしましょう。

『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』(p288-290)



【船が通り過ぎるのを、ぼうっと突っ立って見ていないで。
 あなたのポケットには、ファーストクラスのチケットが入っているのですから】

ヴィッキーさんのエネルギーと喜びが伝わってきますね。

pari 記

 

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