レッド/グリーン

レッド/グリーン

   『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』より
           ヴィッキー・ウォール

        

今回取り上げるのはレッドグリーングリーンレッドのペアの一方、男性性を表面に出した「B27 ロビンフッド」(レッドグリーンと呼ばれるボトルです。

 


https://artbeing.com/aura-soma/equi/B027.html

https://artbeing.com/aura-soma/equi/B028.html


「レッド」は物理次元の現実を動かそうとする強い意志を象徴する情熱の色ですね。

それに対して、「グリーン」はその自らを貫徹しようとする意志を受け容れる、包容力そのものを象徴する受容の色です。

この二色は「カラーローズ」では2時(グリーン)と8時(レッド)の対極の位置にあって、補色関係を構成しています。

 



そして、レッドグリーンは、内面にハートの受容性をしっかりと秘めながら、この世での役割をある意味で攻撃性とも言える強い意志力を表現することを目指した姿でしょうか。

とても自信にあふれている様子ですが、もし状況を仕切る力を誇示しなければいけないと信じているとしたら、その反面としてその役割に沿いきれない不安を抱えている可能性はあるでしょうね。

当然ですよね。

 

まったく恐れをもたない人間などいるわけがないので、自分は自信にあふれていなければならないと信じていたら、不安な自分は押し隠すしかありません。

人生というゲームは、自分が何らかの特徴を持った人物だという前提を引き受けた上で、そのような人格としての役割を演じることに夢中になることでしょうが、でも“演じる”と言っても舞台の上の役者とは違います。

舞台の上の芝居の役者は、自分が割り当てられた役割を演じていることを知っていますが、私たち人生の登場人物はそれが芝居の役であることは知りません。

次々と現れる人生の状況に対して、常に身構え、心配し、欲望し、新しい状況を自分の行動で作っていかなければならない(と信じている)のです。

これがどれほど大変な作業かわかるでしょうか。

たとえば、ロビン・フッド (Robin Hood) というのは、中世イングランドの伝説上の人物ですが、モデルとなる何人かの人物の事績からひとりの理想的人物の物語として仕上げられたようです。

しかし、いくら理想的人物と言っても、もしその人物の人生を自分が生身で生きなければならないとしたら、まず誰ひとりそれを引き受けようとはしないでしょうね。(^^;)

そんな劇的な人生は、映画かドラマで観たいですよね。(*^_^*)

自分で実際にやらなければならないと前もって知っていたら、たぶん、誰でも尻込みするのでは。(^_-)

あ、ちょっと脱線気味。^^;;

この「B27 ロビンフッド」(レッドグリーンについて、ヴィッキーさんはどんなふうに解説しているんでしょうね。

        

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レッド/グリーン、グリーン/レッド

完全な愛は、恐れを取りのぞく。
ヨハネの第一の手紙 四章一八節

この二つのもっとも興味深く、意味深い色のボトルは、お互いちょうど反対の質を持つペアです。
レッド/グリーン(男性的)と、グリーン/レッド(女性的)は、それぞれ「ロビン・フッド」と「メイド・マリオン」(ロビン・フッドのガールフレンド)と名付けられていますが、それもうなずけることでしょう。
このオイルは、二つの際立った色からなり、それぞれが互いの必要に応え、それぞれが、私たちの内なる男性性と女性性を表しています。

あらゆるレベルにおいて、純粋な調和とあらゆる能力が手に入るのは、持って生まれた欲望と地上のエネルギーが変容されたときなのです。
男性的な攻撃性は、直感や優しさを伴う女性性の滋養によって、調整され変容される必要があります。
男性の内側で真の自己の変容をつくり出すのは、レッドの質なのです。

レッド/グリーンの組合せは、この人生においてリーダーシップを取るべく要請されている男性像を表しています。
こうした状況においては、内に潜む女性性は、自己表現の妨げになるとの恐れから、知らず知らずのうちに抑圧されています。

世間では、何が女性的で、何が男性的であるかについての厳密な取り決めがあり、男は支配的であれ、といったたぐいの義務が、考え方そのものの中にプログラムされるのです。
ゆりかごにいるうちから、条件付けされてしまうのです。

けれども、真の創造性は子宮に代表されるように、完璧なバランスは、内なる男性と女性の二つの側面を認識し、それらを調和させることで達成されます。
そのとき、内なる存在が完全に実現されるのであり、それによって地位や力を失いはしません。

下の部分にあるグリーンは、男性の内にある女性性、女性(ウーマン)・・・子宮の男(ウーム・マン)に与える必要のあるスペースの鏡であり、表現なのです。
すべてを男とする状態を放棄して初めて、全人・・両性の人間となることができるのです。


       『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』(p198-199)
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レッドグリーンの組合せは、この人生においてリーダーシップを取るべく要請されている男性像を表しています】

【こうした状況においては、内に潜む女性性は、自己表現の妨げになるとの恐れから、知らず知らずのうちに抑圧されています】

何かの特徴を持つとは、それと反対の特徴を非活性化するということなのかもしれませんね。

pari 記

 

 



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