「無理強いしない」ということ
「無理強いしない魂のセラピー」から スー・シャタック(英国)
オーラソーマはよく「無理強いしない魂のセラピー」という言葉で表現されることがあります。
こういう言葉が使われたのは、“セラピー”(治療・治癒術)というのは“セラピスト”が一方的に治療行為を施すのが当然だったからですよね。
療法を受ける側が、その“セラピー”の内容に関わることはありえなかったわけです。
もちろん、オーラソーマは“魂のセラピー”ですから、肉体を治療する医療行為とは違うのは当然という面もあるでしょうけど。
「チャクラ」とか「オーラ」といった生命体の内部的バランスを整えることが、当人が望む人生を生きる上で不可欠、という考え方自体がすでに新しい時代を暗示していますよね。
そして、その生命体の内部的バランスの違和は、じつは当人の内面が一番良く知っているという前提に立っているわけです。
その当人が自分の内的な智慧を外側に表現するためのツールとして、色を使うというのがオーラソーマの特異性でした。
だからオーラソーマでは、セラピストは治療者ではなくて、プラクティショナーと言うのでしょうね。
いわば当人が色の選択で示した内的知見の“通訳者”みたいな立場でしょうか。
とはいえ、初めてボトルを選ぶ方は自分の選択に自信はないだろうということも、何となく推測されます。
自分が選んだのでは何となく間違うような、できれば人に決めてもらいたいみたいな気分はあるだろうと思います。
そのあたりを考えると、このスー・シャタックさんの文章はとても不思議な事実を示しているようです。
指図しない、無理強いしないということは、本当にそれだけの意味があるんですね。
ではスー・シャタックさんの「無理強いしない魂のセラピー」をご紹介しましょう。
——————————————————————– 「無理強いしないこと」というテーマは、とても大きく広範囲なものであると思います。 エネルギーにはたらきかける時、「無理強いしないこと」そのものがオーラソーマ・プラクティショナーのみならず、すべての人にとって気づくべき、重要なトピックであると言えます。 けれども、私の経験が読者の助けになればと思い、ここではオーラソーマに則して紹介してみます。 ある時コンサルテーションを終えて、クライアントがどのボトルとワークしようか、どのボトルを家で使おうかと迷っていました。 オーラソーマでは、たいていの場合(すべての場合ではありませんが)クライアントが2番目に選択したボトルが「セラピーのボトル」で、最も効果的かつ自分自身でワークするのに適しており、セラピストはそれをクライアントに薦めるよう指導されています。
ときに、私たちセラビストはどのボトルを選択するのが望ましいか助言を求められることがあります。 コンサルテーションの最後に、クライアントが2番目に選択したボトルを薦め、適切なポマンダーとクイントエッセンスを選びます。 けれども、このようにボトルを薦めるのは、最初にクライアントにどのボトルを使いたいかを聞いて、それでもなお助言を求められた時に行うものかもしれません。 クライアントはセッションの最初に、自分が選択する色こそがその人自身であり、誰にも干渉されることなく自身の選択を信頼するようにというオーラソーマの考え方を紹介されます。 コンサルテーションの最後に、セラピストがクライアントの選択に干渉することは可能なことです。 ボトルを薦めている一方で、クライアントの選択に干渉し(もちろん、最善を求めてのことではある)プロセスそのものへの信頼を欠いてしまうのです。 ときに、助言することは必要です。 けれども私はクライアント自身に、自分の中に深く入っていき、今の自分にとってどのボトルが必要なのか(ただ欲しいというボトルではなく)を問いかけ、その選択を信頼することを求めてきました。 クライアントは10回に9回の割合で、自身が2番目に選んだボトルを指し示すのです。 もちろん、まったく強制することなしにです。
異なるボトルを選択する場合もありますが、「今の自分に必要なボトル」という点を強調し、自身の選択を信頼するよう求めると、すべてはがらりと変わるのです。 現在、私のほとんどのコンサルテーションで同様のことが起きています。 このことは、コンサルテーションで私自身が、クライアントの選択のプロセスを信頼し、干渉しないことを助けてくれます。 あるいは、たとえクライアントが2番目以外のボトルを選択して家に持ち帰ったとしても、2番目のボトルに含まれる色が常に隠されているのです。 本当に驚くべき意味深いプロセス、前へ、そして高みへと成長していくプロセスです。 愛と光、虹とともに!
『リビング・エナジー』Vol.3(p64) ——————————————————————–
なるほど……。
改めて“「今の自分に必要なボトル」という点を強調し、自身の選択を信頼するよう求めると”そんなことが起こるんですね。(@_@)
ちょっと驚きです。
pari 記
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