5月24日に開催されました、ヌラの追悼セレブレーションのご報告

昨日は、ヌラが5月18日、肉体を離れたことの追悼セレブレーションの会がありました。
急な告知にもかかわらず90人あまりの方たちの集う会となりました。
ヌラの多くの愛のもとに、そしてヌラへのたくさんの愛を持って多くの人が集ってくださいました。
そして、当日来たくても来れなかった多くの方たちからのメッセージもいただきました。
ありがとうございます。
ヌラ追悼セレブレーション1
セレブレーションの会では、ヌラのガイドによるピンクのポマンダー。
ヌラへのろうそくの献灯。
ラハシャによるガイド瞑想からはじまり、OSHOの生きることと死ぬことについてのいくつかのメッセージが紹介されました。
ラハシャによるヌラの出会いと愛の物語のお話しがあり、ヌラの思い出の写真がスライドショーで紹介されました。
ヌラ追悼セレブレーション2
親しい人の死に直面したときには、自分の死にも直面させられます。 死とは何か、生きるとはなにかということが真剣に問い直されます。
私がOSHOを求めて出会ったのも、自分の父の死に直面し、自分の死や生を問い直していた時期でした。
OSHOは生と死について多くの言葉を語ってくれています。 そのなかで死についてこのように語っています。
「肉体と意識との分離が死だ。この分離を死と呼ぶことには意味がない。 それはただ、肉体とのつながりがゆるみ、切れるだけのことにすぎない。 それは服を着替えることとなんら違いはない。
だから、気づきとともに死ぬ人は決して死ぬことはない。 だから、死は問題にはならない。死を幻想だとさえ呼ばないだろう。
誰が死んで、誰が死んでいないとさえ言わない。 それはただ、昨日まで生と呼んでいたものは、単なる肉体とのつながりにすぎなかったというだけだ。
そのつながりが切れたのだ。今では新しい生が始まったのだ。 以前のような意味ではつながりのない生が。 おそらくそれは、新しい結びつき、新しい旅なのだ」  The art of Living and Dying

ヌラは今までいた肉体との結びつきは離れましたが、新しい結びつきを得て、新しい旅をはじめたのです。
そしてヌラは肉体を離れてどこかに行ってしまったというのではなく、私たちとともにいて、その新しい旅をはじめていると思われます。
そのヌラの新しい結びつき、新しい旅のはじまりをお祝いするセレブレーションがライブミュージックとともにはじまりました。
ヌラ追悼セレブレーション3
ヌラの愛のものとで、そしてヌラへの愛のなかで皆がひとつとなり、涙と歓びとダンスのお祝いとなりました。
皆さま、ありがとうございました。 ヌラとラハシャとともに感謝の言葉を捧げます。
江谷 記
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